呪われよ、マイスイート

MAY

第1話

「それ、君の猫?」

「うっひゃああ?!」

 耳の後ろで声がして、脊髄反射で飛び上がる。

 振り返ったでは、目を丸くしたイケメンがフリーズしていた。やらかした。

「驚かしてしまい、申し訳ありません!」

 慌てて敬礼すると、イケメンは口元に人差し指を当てて、パチリとウインクした。流石イケメン、許される。

「あっ…申し訳、ええと、すみません」


 イケメンこと本庁の上官は、現在、身分を隠して潜伏任務中なのだそうだ。

 某国民的推理アニメのマイ推しキャラを連想させる設定に、私の中の好感度は最初からMAXだ。

 惜しむらくは、イケメンはキャリア組ではない。しかし、キャリア組ならこんなところに顔を出すはずもないので、出会いはない。

 ともあれ、きっと大事な任務中。

 うっかり身分がバレるようなことをやらかしてしまったら、たぶん、始末書くらいではすまないだろう。


「俺の方こそ、驚かしてゴメン。ちょっと教えてもらいたいことがあるんだけどさ、後で時間いい?」

「はい、もちろんです!」

 管轄の違うイケメンには、階級が上であっても私に対する命令権はない。

 しかし、現実(リアル)に出現したニアリー推しのお誘いを断れるほど私は枯れていない。

 お誘いの中身は多分仕事だろうなーと思っても、それは同じである。


「それはあの、業務外の方がよろしいですか?」

「そうだね、その方が助かるかな?」

「承知いたしました。本日なら19時には出られます」

「了解」

 待ち合わせ場所を指定すると、イケメンはさっさと立ち去ろうとする。私は反射的に呼び止めた。

 何? さっきから反射でしか行動してない?

 そこ、うるさいぞ。


「あの、猫、お好きなんですか?」

「動物は大体好きだよ」

「もしよかったら、うちの猫、連れてきてもいいですか? 人懐っこい子なので、喜ぶと思います」

 嘘である。うちの猫は気難しい。

 子猫の頃から一緒に暮らしている私でさえ、時々ひっかかれる。

 が、流石に初対面相手にはやらないだろう。たぶん。信じているぞ愛猫。


「あ、ほんと? いいよ、連れといで」

 ふっと目元を和らげたイケメンが微笑んだ。

 心の中で拳を振り上げた。

 ありがとう、我が愛猫、マイスイートハート!

 お前のおかげでイケメンのスマイルをゲットしたぜ!


 立ち去るイケメンを見送ってから、私は素早く行動を開始した。

「課長! 本日、午後半休頂きます!」

 もちろん上司からは嫌味を言われたし、明日が大変だが、イケメンと天秤にはかけられない。

 さあ、ぼやぼやしてはいられない。

 本日分の業務をなんとか片付け、バタバタと帰宅した私は、猫と服とメイクと格闘することになったのである。




「お待たせしました」

 待ち合わせの公園に着いた私は、すでに待機していたイケメンに声をかけた。

 そこらへんのベンチに普通に座っているだけなのに絵になるのだから、顔とスタイルの良さは神である。

 タンスとクローゼットをひっくり返して引っ張り出した一張羅の高いワンピースを着てきたので、公園のベンチには座りたくないが、気取って見られるのも好感度に影響するだろう。

 軽く手で払って、ベンチの端っこに腰かけた。

 すぐ隣に座る度胸はない。

 ちなみに、部屋は大嵐が吹き荒れたまま出てきたので、帰宅したら母に怒られるだろう。


「ワンピース可愛いね。私服はそんな感じなんだ?」

「そうなんです。仕事だとパンツかタイトスカートばかりなので」

 にっこり笑って応じるが、嘘である。いつもはTシャツジーンズかスウェットである。

 しかし、そんな秘密を馬鹿正直に話す女子はいない。


「あ、それ猫?」

 イケメンが重たい荷物と化していた愛猫に気がつく。

 猫用キャリーの中で、愛猫は我々にしっかりと尻を向けていた。

 もうちょっと愛想を振りまいておくれよ、マイスイート。


「レイー、出ておいでー」

 レイとは愛猫の名前である。漢字にすると零。私の推しキャラだが、何か。

 ドアを開けて呼びかけるもピクリともしない。

 マズイ。これは、ムリに知らない場所に連れてこられてヘソを曲げている。

「知らないヤツがいるから警戒されてるのかな」

「あんまり家族以外と会うことがないから…すみません」


 お願いだ、出てきておくれ。今日はまさしく猫の手を借りたいのだ。

 猫の尻に願っていると、のそりと愛猫が姿勢を変えた。ありがとうマイラバー!!!


 感謝したのは一瞬だった。

 猫らしい俊敏さでゲージを飛び出した愛猫は、あろうことか、よりによってイケメンの顔へと飛びかかったのである。


「ちょ、何してくれんのおォォォォォ?!」

 私は叫んだ。私がかぶっていた方の猫も吹っ飛んだ。

 終わった。


 愛猫は、地面に降り立つと、そのままゲージに入って尻を向けた。

 攻撃のためだけに出てきたらしい。

「あ、あの……」

 おそるおそる、イケメンの顔を確認する。

 そこには、額からスッパリ三本線が入っていたりは、しなかった。よかった。

 代わりに、顔の前にかざされた右腕の上着がスッパリと破れていた。ダメだった。

 驚いた顔で固まっているものの、イケメンはとっさに腕でガードしたらしい。

 うん、かっこいい。やや推しっぽい。でも推しならきっと腕も無事で避けている。


「あの、弁償します……」

 私の申し出に、イケメンは苦笑した。

 それはどっちだ、払うのか払わないでいいのか。いずれにせよ、だ。

 あわよくばという私の下心はものの見事に破壊された。

 私の可愛い愛猫よ、二度とお前の手は借りないぞ、この野郎。


 涙をのみこんで、私は愛想笑いを浮かべたのだった。

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呪われよ、マイスイート MAY @meiya_0433

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