第8話 自由人フリーダムな朱雀院

共学は基本入学式の日は一時間目が終わると、各クラス担当教諭から現時点での報告が校長に上がってくる。




男子のいないクラスの様子、男子クラスの男子の様子、またはっちゃけた女子がやらかしたりしてないかどうか最も過敏な時期だった。




「ヤマケン君以外は……例年通り、要警戒といったところね」




藍那校長がそう言って、タブレットに映し出された報告と実際のクラスの様子をみながらつぶやいた。




藍那校長は未経験だが、入学式前日に自殺する男子、また窓から飛び降りる男子など他の共学ではあるらしく報告書が廻ってくる。




そのたびに、この共学のある自治体の県知事から『貴重な男子を損失する事のないように』と厳しく通達されるのだ。




それも無理はない、数少ない男子を失うとなれば自身の政治基盤が非常に危うい立場になるからだ。藍那もそれが分かっているため、仕方なく県知事の話を聞いておくといったところだ。




「それにしても……フェミナチ地区出身と聞いたから、身構えてましたが山田君のメンタルはすごいですね」




そう言ったのは養護教諭のアリサだ。初動で何がどうあったかが、今後のフォローに必要となるため必ずこういう場には養護教諭が同席している。教頭も同席する学校もあるが、ここは男子生徒のいないクラスやまた『連続で男子クラスになれなかった女子生徒』のフォローに当たれるようにフリーとなっていた。




「確かにフェミナチ地区出身で、長年虐げられて……ネグレクト教育を受けてたとは思えない子ね」


「他の男子や先輩生徒の刺激になればいいのですが……」


「あれはあくまで彼の憧れの存在の模倣よ」




アリサ教諭が願望を口にすると、藍那がそう切り返した。




「環境はまるで違う……彼の救いとなった古典作品は私も調べたけど、彼の理解者がそばにいないと彼は相当危うい……風船のような存在であると考えるわ」


「確かに精神鑑定はパスしてるけど、そう言われると危険ですね」


「一番の懸念は彼が影響力を持った時、その時に彼が折れてしまうようなら大変な事になると考えるの」




藍那校長の懸念はアリさ教諭にも伝わる。もし男子生徒の中心となり、あの勢いでみんなの救いとなってからその風船が破裂したら……アリサは考えたくもなかった。




「引き続き、山田君のフォローはじめ、他男子生徒のフォローは絶対に欠かさないように」


「わかりました」




校長の指示はタブレットを通じて、全教諭にも伝わった。








入学式が終わり、クラスメイトと顔合わせが終わったみんなはその日は午前で解散となった。




すぐ寮に戻って、いかに男子にアプローチをかけるか考える女子生徒。また男子クラスになったと聞きつけて、先輩から連絡を受けた後輩生徒。部活動に入るため目的の部活の申請、入るか悩んでいる部活を見学する生徒などで分かれていた。




ヤマケンはというと、学校を走り回って部室になりそうな空き教室を探していた。




「ふむ……自宅に毎回人を呼べるわけじゃないし、学校に部活という形で、ラボを置きたかったが……いいところがないな」


「うーん……どこも使っていたり、普通の教室でとてもじゃないけど実験とか難しそう……」




ヤマケンがそう言うと、付き合って一緒に回っていた優菜がそう言って今まで見てきた場所を評価する。




「一番は科学室を使える事だが……この学校は科学部も論文や研究などで、評価を出している場所だからな……」


「混ぜてもらわないの?」


「足を引っ張るだけだろうが、俺の目的は壮大だが理解されないものだからな!……?」




ヤマケンがそう言って、笑うと何やら遠くで女子生徒が数人いるのが見えた。




「あれは……」


「あ、舞ちゃんだー」


「舞の奴、かわいそうに……初日から囲まれてカツアゲか、男子クラスになったやっかみを受けているのか?仕方ない」




ヤマケンがそう言うと、女子生徒の集団に歩み寄ったが、彼の想像とは違った。




「お願い!舞さん、科学部に入って!」


「あなたの頭脳があれば、もっとすごい実験や論文を科学部で出せるの!」




どうやら、月島舞を勧誘しているだけだった。




「お断りします、自分の研究と勉強時間が減ってしまいますので……それに、この科学室程度の設備では私が入っても、できることはそれほどありませんよ?」


「そんなあ……」


「舞さんが加入すれば、学校もきっと予算を……」




舞がそう言って、きちんと断る根拠も述べる。すると科学部のメンバーから、色々と本音が漏れる。どうやら、彼女の加入を理由に学校側に部費の増額申請を狙っていたようだ。




「フゥハハーーー!残念だった、諸君!」


「!?」


「え!?男子!?」


「山田!?」




ヤマケンが高笑いを上げながら、その集団に割って入った。




「残念ながら、月島舞は我がラボメンナンバー03になる事が決まっているのだ」


「ちょ!聞いてないぞ!」




ヤマケンの発言に舞が焦りながら、そう抗議をする。勉強時間と論文のため、科学部の入部を断ったのに、ヤマケンの訳の分からない部に入ったら元も子もない。それならまだ実験が多少なりともできる科学部のがマシなくらいだった。




「訂正を求める!私は勉強のために部活をやるつもりはない!」


「案ずるな!俺はこの学校にラボを構えたいのだ!」


「ダメだこいつ、会話にならない……!」




今のご時世、男子相手にこれだけ遠慮なくズバズバとものをいえるのは舞くらいのものであろう。勿論、彼女とて相手を選ぶだろうが、ヤマケン相手にはなぜか自然体で感情を出す彼女でいられた。




「ラボを構えるとなれば、学校側から活動費がでて、間接的に科学室の設備も向上するかもな!何せ『男子が女子と』共同でやるのだからな!」


「うぐ!」


「おー……ヤマケンはちゃんと考えて動いていたんだ、さすがだねえ」




ヤマケンがそう豪語すると、実験しやすい環境が手に入るかもしれないという目先のえさに舞が釣られそうになる。これは彼女にとって、最大の誘惑となった。




一方、優菜はヤマケンは考えなしに動いている訳じゃないと思っていたが、実際にしっかりと考えていた内容とプランを知って、感心していた。




「化学や専門に強い奴を集めて、我々の朱雀院ラボの将来への下準備をしていくのだ!」


「……あー!分かったわよ!」




ヤマケンに色々と突っ込みたいものが舞にはあったが、ひとまずそれは置いといて舞は決断する。




「入ってやるわよ!その代わり、私は勉強と論文、そして実験と検証!……用事があるとき以外は入り浸らないからな!」




今のご時世、男子生徒にこれだけキッパリ言えて、男子と一緒に活動したがらない女子は稀であろう。




スポーツ推薦の特待枠での入学生徒で、恋愛や結婚なんて視野にない女子生徒ですら、男子が寄っていけば態度を多少なりとも変えたりするものだ。




舞はこの時代に珍しい、客観的に物事を見ていてそしてしっかりと自分を持っている。科学者たる矜持をすでに持っている生徒だった。




「よし!科学部諸君、悪いな!そういう事だ!」




ヤマケンが白衣をなびかせて、去ろうとすると思い出したように立ち止まった。




「……ところで、我々が活動拠点にしやすい科学室から近くて、隠れ家的な場所はを知らないか?」


「え!?」




ヤマケンに急遽話を振られ、男子と話したことのない科学部の先輩女子生徒たちが大慌てで、軽くパニックみたいになった。




その後、駆け付けたアリサ先生により事態は収拾して、先生から視聴覚室の利用許可を求めてはと提案されて、ヤマケンは申請をすることにした。


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