第2話 朱雀院蒼人(山田健一)誕生~暗黒期~
新西暦755年、日本の新潟と呼ばれる地域でその男子は産声を上げた。
生まれる性別はエコーで分かっており、病院側としては絶対に何かあってはならないと厳重な体制で挑み。いざ、無事に生まれたため母親だけでなくスタッフも世界でも希少な男児の誕生に、安堵と喜んでいたという。
そこから男児は無菌室の保育器へと移される。ほかの女児たちとは別にされ、ポツンと空の保育器が目立つ男児用の部屋だった。
男児は山田健一と名付けられた。彼こそが後の朱雀院蒼人博士である。
保育室にはヤマケン(のちに呼ばれるあだ名)以外にも、数人男児がいたという。だが日を追うごとに数は減っていき、無事に部屋を出られたのはヤマケン一人だけだったらしい。
ちなみに彼の母の名は山田・クリスティ。彼女は日を追うごとに保育器から男児が悪い意味で消えていく様に恐怖を覚え、我が子の無事を祈り続けていた。
ヤマケンが無事に成長して、保育器から出て家へ戻ることができた事に大泣きして喜んだといわれている。
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新西暦756年。
ヤマケン一才の誕生日、母と祖母クラリスに盛大に祝われる。
突然だが、山田・クリスティは母子家庭になる。
クリスティは経済的な問題等があって共学へ進学できず、結婚のすることができない側である、この社会多数派の女性だった。
年に数回、希望すれば遺伝子提供を申請することができ、申請が通れば単身者ながらも子を持つ機会が得られる仕組みだ。
彼女はこの制度を使い、妊娠に至り初産で男児を出産した。
男子を産めば男子が生存している限り、補助金が政府から毎年支給され優遇制度が受けられる。だが、男児には厳しい制限が課され、県外への移動や指定された機関以外の利用が禁止されていた。
移動や転居の制限は、事故で男児の生命を失わないため。また地域に男児を偏らせないためといった、政治的な理由があった。
この制度がのちのヤマケンを苦しめることになる。
……隠れフェミナチ地区……
不幸にもヤマケンが生まれた地域は、フェミナチ思想の強い地域であった。
そんな中にあってヤマケン母、クリスティはまともな感性をしており我が子を守ろうと祖母と必死に立ち回った。
だが幼稚園、小学校、中学校と手元を離れれば、もう手の出しようもなかった。
幸いにもヤマケンには彼に好意的で、『まともな』幼馴染の女の子がいた。
彼女の名前は小林・優菜といい、彼女もまた母子家庭育ちの遺伝子提供から生まれた子供だった。
「ヤマケン~、学校にいくよ~」
「やだ、行きたくない……みんな無視してくるんだもん」
幼稚園と小学校、この時期のヤマケンはふさぎ込みがちだったという。
幼馴染の優菜がいなければ、ヤマケンはどうなっていたか分からないと後にクリスティは語っている。優菜は根気強くヤマケンに付き合い、一緒に登下校して周りの女から彼を守った。
ヤマケンが変わったのは、せめて外部とやり取りできればと母がインターネット環境を用意してからだった。
学校でろくに教育を受けさせてもらえないヤマケンは、ネットを活用するとみるみる間に知識を吸収していって、知識と技術を身に着けた。
そして趣味を持ち、最初は簡単な基盤とプログラムを使ったおもちゃから……。次第に、ジャンク品を直して遊ぶようになり、特に旧世紀文明のジャンク品を好んで直していたという。
……ヤマケン中学生……
中学校でのヤマケンは、空気に徹していた。
授業は年老いた男性教師がプリント一枚を渡して、あとはお昼寝というものだった。
これは『種の存続という壮大な義務のある男子に教育は不要』という、建前の『男なんかに教育なんかいらない』というフェミナチ典型の教育方針によるものだった。
その時間をヤマケンは有効活用した。
学校のジャンク品をこっそり直して遊んだり、直した旧世紀のデータをみたり、そして気になったことは家に帰ってから調べた。
ヤマケンの運命を変えたのは学校のアニメ文芸部に残されていた情報端末、これを修理して中を見た時だった。
「!!」
衝撃的だったとしか、ヤマケンにはいいようがなかった。
それはマッドサイエンティストを自称して、白衣を纏う中二病の男性が主人公のゲーム作品だったのだ。男主人公が堂々と振る舞い、悩み葛藤しながら前に進むその姿はまさにヤマケンにとって天啓に思えてならなかったのだ。
「ヤマケン、お待たせ~かえろ」
幼馴染である優菜が、ヤマケンに駆け寄る。
「フハハハハ!!遅かったな優菜!!」
「ふぇ??」
「今日から俺はヤマケンじゃない!!」
「どうしたの?いじめられた?変な人に連れていかれそうになったの!?」
激変したヤマケンの姿に、心配そうに優菜がのんびりした口調から次第に真剣な声色になっていく。
「山田健一とは世を忍ぶ仮の姿……今日から俺は朱雀院蒼人だ!!」
「ふぇ??」
心配する幼馴染にそう言い放ち、ヤマケンがビシッとポーズを決めてみせる。彼は白衣の代わりに教室の白いカーテンを羽織っていた。
二人でとりあえず山田家に帰宅すると、激変した我が子に母クリスティも動揺を隠せなかった。
必死に我が子の成長を理解しようと、母が男児の育成の手引き本を見ても、中二病の対策や情報は載っていなかった。中二病の概念がそもそも焚書により、無くなっていたせいもあるだろう。
「ふーははは!マイマザーよ!白衣を数枚買っておいてくれ!」
「え、ええ」
脳の病気の可能性も疑い、通院できるよう用意だけしておいて……。仕方なく様子を見るという結論に達してクリスティは、息子に強請られた白衣を注文することとなった。
結果的に様子は翌日も変わらず、病院にて精密検査も受けさせたが異常はなく、ヤマケンは朱雀院蒼人のまま残りの中学生時代を過ごした。
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