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「ガキの頃って?」
「初仕事の後。」
そう言った透さんの目は懐かしそうに細められていた。その穏やかな眼差しの底には、多分まだ乾ききっていない涙もある。茜もそうだったから、分かる。
まくっていた袖をおろし、私と向き合い直した透さんは、手のひらでそっと刺青を覆うようにしながら目を伏せてほほ笑む。
「お互いいろいろあったから、別にはじめてってわけでも全然なかったんだけど、それでもなんか泣けてさ。それで、もう泣かないって決めてこれを彫ったんだよね。」
もう泣かない。
私がそう決めた時の茜の顔を思い出そうとして失敗する。彼に関する記憶は、始終引っ張り出しては眺め弄繰り回したせいで私の手あかにまみれ、精度はどんどん落ちていた。
「茜は本当にうれしかったんだと思うよ。妹ができて。」
透さんの商売用にきちんと手入れされた指が、スマホの画面をそっと撫でる。
私はぎゅっと自分のシャツの胸を握りしめた。
私がなりたかったのは茜の妹ではない。でもそんなこと、透さんが気が付いていないはずもない。だからこれはつまり、遠回しの拒絶なのだろう。私は透さんにとっても妹にしかなりえないと。
透さんに縋りたくて、駄々をこねてしがみつきたくて、言葉を探す。
それでも私の中には透さんの気を引ける言葉なんて一つもなくて、あまりの惨めさに唇を噛んだ。
たとえ私が男でも、彼はこんな私を愛さない。
俺もうれしいよ、妹ができて。
透さんがその言葉を口にする前に、私は座椅子から立ち上がる。
いつもこうだ。私は全然可愛くない。
可愛くない子、と囁いた牧美さんの声がふと記憶の表層を掠める。
知ってる。私は全然可愛くない。今だって本当は泣くか喚くかした方が良い。それができない可愛くない女は、もうずっと一人で生きてく覚悟を決めなくちゃいけない。
それでいいの、と自分に言い聞かせる。それでいい。だって私は天涯孤独の一人ぼっちじゃない。可愛くても可愛くなくても、血縁なんてこの世に一人もいないんだから、孤独で当たり前じゃない。
「そろそろ出るよ。」
ひとかけらの可愛らしさもない台詞。それを聞いた透さんはいつものように優しい顔で頷く。そしていつものように私を玄関まで送ると、優しいその人は私を強く抱きしめた。
泣かないと決めたのは二人とも同じで、流さない涙の分の湿度が呼気を濡らしていた。
ごめん、とか、ありがとう、とか、そんなようなことを言われたら私は彼を突き飛ばして家を出ただろうけど、彼はなにも言わなかった。いくら抱き合ったって気持ちなんて一つも伝わらないと知ってる同士、ただじっと身を寄せていた。
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