3
「私と茜、ほんとは兄妹じゃないし。」
私がそう切り出すと、透さんは、知ってるよ、と笑った。
「茜とは鑑別からの付き合いなんだから。」
それもそうだ。その上、透さんに拾われたあの晩、私は自分のこれまでの生活について洗いざらいぶちまけている。そこに茜が登場しないことくらい、この鋭い人が気が付いていないはずもない。
「じゃあなんで私のこと、茜の妹って言ったの?」
「茜がそう言ったから。妹できたって嬉しそうに写真見せてきて。」
「その写真、結局見せてもらったことない。」
「もも乃ちゃん怒るもん。」
「怒んないから。」
「ほんとに?」
透さんは微苦笑しながらテーブルの隅にほっぽって置かれていた濃い青色のスマホを取り、その画面を私に向けた。
茜がうちに転がり込んできてすぐの頃の写真だ。だって、私の髪が背中の半分くらいまで伸びている。その髪に顔の半分くらいを覆われながら、私は無防備にフローリングに転がってすやすやと眠っていた。
耳の中に勝手に、幼児向けアニメの能天気なオープニングソングが甦る。学校から帰ってきたら毎日のように茜と並んで床に転がって、無意味にテレビ画面を眺めていた。
なにも考えたくなかった。本当に何も考えたくなかった。そんな時には、ミルク味のお粥みたいにほわほわと脳味噌を満たしていく幼児向けアニメは最高だった。私はしょっちゅうアニメを見ながら寝落ちをしたし、そんな時茜は私のおなかにタオルケットをかけ、隣で一緒に眠ってくれた。
透さんが見せてくれた写真の右上に、私の頭に覆いかぶさるように映る刺青の肩。
「茜だ。」
いつも決まって私の頭に肩を寄せるように眠った茜。
女の子みたいにきれいな白い顔と、細くて薄い身体。それらにちっとも似合わないはずの極彩色の刺青は、けれどなぜだか茜にはよく似合っていた。刺青が、と言うよりはその派手な色彩が、だろうか。蛍光色のプリントが踊るTシャツがはまる、軟派な大学生みたいに。
「よくやるよね。俺は一個入れるだけでも痛くて死ぬかと思ったのに。」
「え? 透さん、刺青なんて入れてたの?」
「知らなかったっけ?」
「知らないよ。」
「肩の後ろのとこ、ガキの頃茜と入れたんだよね。」
透さんは懐かしそうにふわりと頬を緩めながら、上半身を捻って私に背中を向ける。半袖のシャツの袖をまくり上げた白い肩甲骨の上に、水色の涙の雫が一つ浮かんでいた。茜の方にもその刺青があったのか思い出そうとして、すぐに断念する。茜の方には天女の羽衣が翻り、牡丹の花が幾輪も折り重なるように咲いていた。涙の雫が刻まれていたとしても、それらの色彩に埋もれて私の目には入ってこなかっただろう。
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