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透さんに会うために、私は隔週で外出届を書いた。届けに書く住所は奥谷と暮らしていたあの家のものだったが、そちらには一度も戻らなかった。いつも学校から透さんの家に直行し、帰りもまた学校に直接戻った。
「ももちゃん。」
白いローテーブルの傍らに膝をついて、トップスのチョコレートケーキを切り分けてくれながら、透さんが私の目を覗き込む。
二人で暮らしていた頃よりむしろ、私のためのものが増えた部屋。ありふれたワンルームには、座椅子もクッションもマグカップも二つずつある。
「学校、どう? 楽しい?」
おそらく茜と同じく義務教育も通いきっていないのであろう透さんの「学校、どう?」からは、他の大人が訊くそれのような社交辞令の匂いがしない。だから私も聞かれるたびに言葉を絞って、私にとっての学校を描写する。
「授業は最近国語が楽しいよ。先生が短編の小説を持ってきてくれて、みんなそれぞれそれを読んでテーマを決めて討論するの。数学はつまらない。数なんて本当じゃない。」
「本当じゃない?」
「あるかどうかなんてわからないじゃない、1も2も3も。」
「そう?」
「そうだよ。一つ何か物があるっていう状態と、数字の1がおんなじ意味ってよく分からない。」
透さんはちょっと首を傾げて、ふわりと頬を緩めるように笑った。私が一番好きな透さんの顔だ。この人は芯から優しい人なんだって、きっと誰だってその顔を見たら分かる。
切り分けたケーキのお皿を私の前に置いてくれてから、透さんはテーブルを挟んで向かい側の座椅子に腰を下ろす。
「ももちゃんは本当じゃないものが嫌いだね。」
「嫌い。」
「じゃあ俺も嫌いでしょう。」
「なんで?」
「本当の家族じゃない。」
「いいの。本当のフリしようとしたことないじゃん。透さんは。」
「本当の茜でもない。」
透さんの態度は普段と全く一緒だった。少し気だるいような喋りかたと、マグカップを包む長い指。けれど色の薄いきれいな目だけがじっと私を見据えていた。
タイミングを計っていたのだろう、と思う。私と本当の家族や本当の茜の話をするタイミングを。優しいこの人は、私を傷つけないようにこの上なく慎重に。
私は返す言葉を見つけるために、目を閉じて自分の心の奥の方を探る。心の一番奥の方、覗き込もうが手を伸ばそうが触れないところ、地球儀の裏側くらい遠い所。そこに私は茜を置いていた。浅くて近い所に置いておくには悲しすぎるから。
「本当の茜はね、私、知らないの。」
私がそこで不恰好にぶつりと言葉を切っても、透さんは先を促したりはしない。ただ、私が次の言葉を見つけるのを待っていてくれるだけで。
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