もも乃16歳の春
第一志望だった全寮制の女子高に私が合格すると、茜に似た男は当の本人より派手に喜んでくれ、受験番号が張り出された校庭の隅のボードをスマホで連写しまくった。
「ちょっと、透さん、邪魔だってば。」
私は慌てて透さんをボードから引きはがして校門の方に引っ張って行きながらも、頬が緩むのを抑えきれなかった。
「よかったね、ももちゃんマジ頑張ってたもんね。今日は焼肉いこっか!?」
「焼肉より透さんの焼きそばの方がいいや。」
「え、どうしたの急に?」
「デザートはトップスのチョコケーキを一人で一本食べたいな。」
「いいよ、もちろん。買って帰ろうね。」
ほんの数か月前に知り合っただけの赤の他人であるはずの透さんは、るんるんのスキップで駅までの道のりをたどる。私も早足で彼の隣に並んだ。
「でももう4月からももちゃんはいなくなっちゃうんだね。」
「いなくなるって言っても、電車で一時間半じゃん。」
「でも、今はずっと一緒だからさ。」
「それが異常だよ。」
「それなー。」
家出をして児童公園の滑り台の下で透さんに拾われた晩から、結局私は一度も奥谷のいる家には帰っていない。奥谷からも連絡はない。透さんの家で、透さんと二人で暮らしていた。
多分、初めの夜の時点ですでに透さんは茜の死を悟っていたのだと思う。彼は自分の生業を私に隠そうとはしなかった。隠せば隠すほど私が不信感をこじらせていくということも分かっていたのだろう。喋りかたや動作のダラダラした感じに反して、かなり鋭い人だと思う。
じゃあ、行って来るね、と着飾った透さんがポケットにコンドームを詰めて出かけた後、私は透さんの部屋で一人眠り、翌朝石鹸の匂いをさせて帰ってきた彼に、父親が死んで以来の自分の生活を洗いざらい話した。
話を聞き終えた透さんは、ここにいれば、言った。そうするね、と私は答えた。それで面倒くさいことはおしまいだった。
「入学手続き、しないとね。」
「……うん。」
家には帰っていなくても、私はこの一月余りの間に数回奥谷と顔を合わせている。中学の三者面談の時や、受験書類に保護者のサインが必要な時にだけ、電話で学校まで奥谷を呼び出して。入学手続きの時も奥谷を呼び出さなくてはいけないだろう。
私が知らないところで奥谷と透さんは話し合いを設けているらしく、呼び出されている間奥谷は必要最低限の言葉しか口にせず、私の今現在の生活について詮索は一切しなかった。
「透さん、」
「ん?」
「高校卒業したら、戻って来ていい?」
「大学行きな。ももちゃんは賢いから。」
「大学卒業したら?」
「その頃にはもっといい人見つけてるよ。」
茜の時と同じ。私が好きになる人はいつも、女を好きにならない人だ。
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