11

強く膝を抱えて横向きに砂の上に倒れ込みながら、死にたいな、と思った。

 行く場所がない。帰る場所もない。そのことについてこれ以上考えたくないから、もういっそ死にたいな、と。

 ぎゅっと目を閉じて、もう二度と目など開けるもんかと誓う。

 目を開けるから明日が来てしまうのだ。生きていきたいわけでもない今日と明日と明後日を生きていかざるを得なくなるのだ。だったら私はもう二度と目なんか開けない。このまま死ぬまでここで目を閉じて転がっている。

 そう誓って数分後くらいだろうか、頭の上の方で人が動く気配がした。

 反射的に体が強張り、同時に目だって勝手に開いてしまう。

 私の頭のてっぺんから数歩離れたあたり立っていたのは、茜と同じくらいだろうか、まだ若い男の人だった。年頃だけではなく雰囲気もなんとなく茜に似ている。髪の色のせいだろうか。

 その男の人はスマホの画面をこちらに向け、闇の中で私の顔を確認したらしい。普段は大して明るいとも思わないスマホのライトは、確かな明るさで滑り台の下の暗闇を満たしていた。スマホをこちらに突き出した形で突っ立っている男は、ダンゴ虫みたいに転がっている私を見下しながら、こきりと音がしそうな動作で首を傾げた。

 「茜のいもーと?」

 私は身体をがちがちに強張らせたまま見知らぬ男を見上げ、どう返答するのが一番身の安全につながるのか必死で考えていた。

 そんな私に構わず男は煙草に火をつけ、スマホをジーンズのポケットに押し込んだ。再び闇に閉ざされた滑り台の下の空間で、男の煙草の火だけが蛍火みたいに鮮やかに光る。

 「茜の妹だろ。」

 その男は随分と間延びした、気の抜けるような話し方をした。その口調のおかげでいくらか緊張を解いた私は、ゆっくりと砂に両手をついて身体を起こした。見知らぬ男の前で地面に転がっていられるほどには、まだ人生を投げ切れていなかったらしい。

 「茜は?」

 男があたりを見廻したのだろう、煙草の火が大きく左右に揺れる。こんなに暗かったらどんなに目を凝らしたって誰の姿も発見できないだろうに。

 「ひとり?」

 私は小さく頷いてから、それでは男にこちらの意思は伝わらないんだと我に帰る。

 「一人です。」

 そっか、と男は笑った。煙草のフィルターを噛みつぶす歯が白い。ちらちらと赤い光に照らされる男の顔は、見れば見るほど茜に似ていた。

 「危ないよ。送ってくから帰ったら。」

 男は案外まともなことを言い、大きく煙を吐き出しながら滑り台の下から出て行こうとした。私が付いてくることを、微塵も疑っていない動作だった。

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