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私には牧美さんの言うことは分からなかった。だって結婚は仲がよければするようなものじゃないはずだ。それだったら私と茜だって仲がよかった。この家で三年間、奥谷の娘と息子みたいに暮らした。仲は、よかった。絶対に。

 「茜はね、長生きしない気はしてたわ。」

 牧美さんは椅子の背もたれに背中をぐっともたれさせ、天井に高い鼻を向けた。その横顔はきれいだった。影絵にしたら非の打ち所のない芸術作品になりそうなくらいに、完璧なシルエット。

 「なぜ?」

 私は茜が死ぬなんて思っていなかった。だって、泣きたくなったら電話をしろと言ったのだ、彼は。あれは軽い気持ちの言葉ではなかったはずだ。少なくともあの夏の夜までは。

 私はその話を牧美さんにしたかった。茜が私にしてくれたことや言ってくれたことを残らず話したかった。そんな形でどうにか対抗したかったのだ。茜の妻であったといううつくしい人に。

 「生き急ぎ過ぎね。」

 歌うように軽くそう言った牧美さんの両目から、ぽろりと嘘みたいにまんまるな涙の雫が零れ落ちた。次から次へと流れるそれを、牧美さんは拭おうとも隠そうともしなかった。

 この人は茜の前でもこんなふうに泣いたのだろうか。公園のベンチで嗚咽をかみ殺し、顔も手も膝も涙やらアイスクリームやらでべたべたにしていた私とは違って、こんなふうにきれいに。

 「あなた、茜が好き?」

 白目が赤く充血した、それでもどこまでも透明な眼差しを向けられた私は、首を横に振った。

 認めるのが悔しかったのだ。私は茜が好きだった。茜は私よりも奥谷の事が好きだったのだろうけれど、それは別によかった。だって奥谷は、私の所有物みたいなものだ。奥谷を好きでいる限り、茜は私の側からいなくならない。でも、牧美さんは違う。牧美さんと結婚していた頃の茜は、私からも奥谷からも完全に切り離されている。

 私の嘘など百も承知であろうきれいな人は、そうよね、そうよね、と、私をなだめるように微笑んだ。赤い唇が宝石みたいにきらきらと光る。悲しい色だと思った。こんなに泣いても色あせない赤。

 「奥谷さんのことは?」

 今度も私は首を振った。こちらは嘘ではないので、はっきりと左右に何度も振った。それを見た牧美さんは、ルビーの唇に浮かべた微笑を滲むように深くした。

 「一人にならない自信があるのね、誰のことも好きにならなくても。」

 今度もやはり、牧美さんの言う意味は私には分からない。誰を好きになってもならなくても、一人になるときはなる。おじいちゃんもおばあちゃんもお父さんも私は大好きだったけれど、みんな私を置いて行った。私に一人にならない自信があるというのなら、牧美さんはそもそも本当の一人になったことがないのだろう。

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