もも乃15歳の冬

牧美さんが我が家に殴りこんできたのは、茜が死んでから一月弱が経った冬の日だった。

 「奥谷さん、あんた、知ってて行かせたんでしょ!!」

 それが彼女の第一声だった。

 夕食前の午後6時。エプロン姿で玄関のドアを開けた奥谷は、大柄な牧美さんに押されるように一歩後ずさった。

 彼女の大声に驚いてリビングから顔を出していた私は、襟首を掴まれて揺さぶられる奥谷に驚き、とっさに間に割って入ろうとした。

 いくら牧美さんが大柄でも奥谷の方が一回りも大きいし、自分の身体の強度に自信があるからこそ彼女の気が済むようにさせているのだということにまでは、慌てていて頭が回らなかったのだ。

 奥谷はぎょっとしたように私を見て、焦った身振りでリビングに戻るよう指示してきた。

 「あんたが茜を殺したんじゃない!!あんたが、あんたが行けばよかったのよ!!」

 詰め寄る牧美さんにされるがままに胸を殴られながら、奥谷は低く言った。

 「俺はとっくに組は抜けてる。茜は組に入ってもいなかったのにぐだぐだし過ぎたんだ。」

 それを聞いた牧美さんは、なにか怒声を発しようとしたのだろう。白い顔に一気に血が上り、怒りのあまり全身が膨張したようにさえ見えた。

 けれど結局そうはせずに、彼女は奥谷の肩に両腕を回してしがみついた。そして、わんわんと声を上げて泣き出した。

 それはもう身も世もない、小さな男の子みたいに豪快な泣きっぷりだった。私は茫然として、リビングのドアから飛び出そうとした中途半端な格好のまま立ち尽くしていた。

 奥谷は彼女の背中を両手で包むと、こんどは静かに私を振り向いた。

 「茜の女房です。すみません、驚かせてしまって。」

 茜の女房。なによりも私を驚かせたのはその台詞だった。

 奥谷の腕の中で泣いている彼女は、大柄で迫力のある美人だった。長い髪も、隙なく化粧された顔も、いかにも水商売といったドレス姿で上着一つ身に着けていない白い背中も、どれをとってもきれいだった。しかし、どこからどう見ても牧美さんは女性ではなかった。身体が大きすぎたし、肩や腕の筋肉も発達し過ぎていた。声も低かったし、喉仏があって乳房はなかった。

 「もと女房よ。一月もしないで別れたわ。」

 牧美さんは盛大にしゃくり上げながら奥谷の胸から顔を上げ、私の方を見ると長い睫で囲まれた両目を瞬いた。

 「このこ、雪乃さんの……?」

 「ああ。」

 奥谷は短く答えると、視線で私の許可を取ってから、牧美さんを室内に招き入れた。

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