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茜が家を出て行ったのはその翌日の事だった。

 「コーラ買って来るね。」

 とだけ言い残して着古したスウェット姿のまま出て行った茜は、いつまでたっても帰ってこなかった。

 奥谷は、もともと茜などいなかったみたいにふるまった。私はそこまで上手くはできず、それから一週間くらいだろうか、窓の外ばかり眺めていた。

 茜が死んだのはそれから二か月ちょっとがたった秋の終り頃だった。

 やくざの抗争に巻き込まれて死んだ一般人として、茜の顔写真がニュースで流れたのだ。

 学校から帰ってきてぼんやりテレビを見ていた私は、現実味がないまま画面の中の茜を眺めた。

 随分昔の写真だった。まだ十代の半ばくらいであろう茜は、黒い髪で今よりももっと痩せていた。

 鑑別所で撮った写真なのかな、と思った。

 そこ以外で写真を撮るような人生を送っていない気がしたのだ。あの、天女の刺青の男は。

 涙は出なかった。ふらふらする脚で立ち上がり、台所のドアを開ける。

 「茜が死んだよ!!」

 自分でも驚くような金切り声が喉を突いた。

 「やくざの抗争に巻き込まれて、流れ弾が当たって死んだよ!!」

 こちらに背を向けてキャベツの千切りを作成していた奥谷は、錆びたブリキ人形みたいな動作でぎくしゃくと振り向いて私を見た。

 その顔は青ざめてはいたが、驚いたような雰囲気はまるでなかった。こうなることはずっと前から察して覚悟していたみたいに。

 「一般人なの、茜は。なんで一般人が撃たれて死んじゃうの。」

 体中の空気が抜けたみたいになって、もう立ってもいられなかった。その場にしゃがみ込んで下を向くと、苦い胃液が喉を逆流してくる。涙の代わりだ。私はそれをフローリングの床に吐き捨てた。

 「事情が、あるんでしょう。」

 奥谷は、世界中の夜を集めたよりまだ暗い声でそう言った。怖れるみたいに立ち尽くして、私に一歩も近寄らないまま。

 「あいつは組の構成員ではない。だからなにか、事情が……。」

 そんなことを聞きたいんじゃない。

 私はまた少し胃液を吐いて、その場に蹲った。

 奥谷は私を抱え上げて二階の部屋に連れて行くと、布団を敷いて寝かせてくれた。それから二週間、私は布団から起き上がることなく真っ暗い天井を見つめ続けていた。

 結局茜が巻き込まれた抗争に関する続報は入ってこなかった。だから茜の『事情』がどんなものであったのか私は知らない。本当になにも知らないまま、私の初恋はそんなふうに終わつたのだ。

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