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もう一つ、茜についてのエピソードを上げるとすると、私の中学でのクラスメイトが万引きで補導された際の話になるだろう。
あのとき私は中学二年生で、茜がうちに居候するようになって一年余りが過ぎていた。
夏の夕方、私と茜はアイスバーをかじりながらフローリングに転がってテレビを見ていた。夕方五時半。教育テレビは幼児向けのアニメを流していて、私も茜も呆然とそれを眼球に映し込んでいた。中学が夏休みにはいってから、勉強も家事の手伝いもせずに、エアコンの冷風を浴びながらテレビばかり見ていることを奥谷に叱られ、夕方になって風が出てきたのを機に冷房を消されてしまったのだ。
いくら窓を開ければ風があると言っても、真夏の夕方だ。暑いものは暑い。
浜辺に打ち上げられたトドみたいに並んで寝っころがった私と茜は、フローリングの冷たい箇所を求めて点々と寝返りを打ちながら、もはや内容が頭に入ってこないアニメを無意味に眺めるだけの生物に成り下がっていた。
ちなみに茜も家事を手伝わないことと、奥谷が買い置きしていたアイスを一日で食いつくしたことで怒られ、エアコンのついた台所から追い出されていた。アイスは本当は半分以上私が食べたのだが、茜は私を道連れにはしなかった。
なんというか、居候と家主、とか、大人と子供、とか、そういう関係性ではなくて、茜と私は同じ立場のような気がしていた。一緒に奥谷の手を煩わせる仲。
アイスは一日一個です、と腕組みをして言い放った奥谷が温情で渡してくれた今日の分のスイカバーをくわえてアホ面で転がる茜とは、もはや生まれた時からこうやって一緒に奥谷に叱られる間柄だったような気さえしてきていた。
「クラスの男子が補導されたんだよ。万引きして。」
テレビ画面の中で歌い踊る動物の操り人形を眺めながら、ついさっきメールで回ってきた内容を何気なく口にすると、茜は妙に実感がこもった口調を返してきた。
「それしか能がないとそうするしかないんだよね。」
多分その言葉の重みが、茜の義務教育後の生活を物語っていたのだと思う。
私は咄嗟になにも言えなかった。
ごろりと寝返りを打って私の方に向き直った 茜は、うわ、ここまださっきの体温残ってるわ、ぬる、などとぼやきながら、私がくわえていたアイスバーの下の方、スイカの皮にあたる部分をシャクリと齧り取った。
予想外の行動に驚いた私は、瞬きも忘れて茜を凝視した。
女の子みたいにきれいな白い顔。ピアスだらけの両耳も相まって、ナンパな大学生みたいだ。この外見だけを見て茜の背中の天女を予測できる人なんて、この世にいないだろう。
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