もも乃13歳の夏

私と奥谷が二人で暮らしていた家に深草茜が転がり込んできたのは、私が13歳の夏だった。

 あの日茜は、本当に文字通り半開きになっていた玄関のドアからゴロゴロと転がって来て、沓脱ぎでサンダルをつっかけていた私の脚に衝突して止まった。私はその衝撃でしりもちをつき、見送りのために玄関まで出て来ていた奥谷は、明らかに素人ではない動作で私を抱え上げると、玄関の外に押し出して背後に庇った。

 「おくたにさーん。俺っすよ。深草です。茜です。」

 ひどいプリンになった金髪頭をさすりながら、深草茜は案外機敏な動作で身を起こした。ひょろりと痩せた、いまどきの若い男だった。子供だった私には奥谷と同じように大人に見えたのだが、その時茜はまだハタチにもなっていなかったはずだ。

 「探したんすよ。お店なくなってるし、奥谷さんもオーナーもいないし。つーか連絡のひとつくらい入れるのが普通じゃないっすか? 従業員っすよ、俺。」

 「元従業員だろ。」

 深草茜の顔を確認した瞬間から、奥谷の背中から緊張の色は一気に抜けていた。それを確認した私は、脱げて転がったサンダルを追って奥谷の隣をすり抜ける。茜は私に気が付いて、すぐに自分の傍らに転がっていたサンダルを拾い上げて渡してくれた。真新しい、水色の三センチヒール。

 「でも、それでも、これはないっすよまじで。」

 「いろいろ忙しかったんだよ。悪かった。」

 「この子、雪乃さんの?」

 「ああ。」

 「もも乃ちゃん?」

 「ああ。」

 私はなにも言わず目も合わせず、サンダルを履き直して家を出た。友達との待ち合わせに遅れそうだったのだ。

 よく晴れた夏の朝だった。蝉の声がわんわんと響き、空には真っ白い入道雲。夏休みの初日としては、百点満点の空模様だった。

 まだ威力の弱い午前中の太陽にじわじわと焼かれながら、さっきの奥谷と若い男の会話を反芻してみる。

 元従業員ということは、あの男は母親とも知り合いなのだろう。奥谷の口調は私に対する時とは違い、随分と親しげだった。

 その日、私が友達とのお買い物から帰ってくると、深草茜は当たり前のようにリビングの床に胡坐をかいて扇風機にあたっていた。

 奥谷は台所で夕飯の準備をしており、行き場をなくした私はリビングの入り口で突っ立ったまま茜を凝視した。この世の初めのその瞬間から、私の特等席である扇風機前に座っていたみたいな馴染みようだったのだ。

 「あ、ここもも乃ちゃんの席? ごめんね。アイス買ってきたんだけど食べる?」

 「……うん。」

 そしてその日から、深草茜は三年とちょっと、居候として滞在することになる。

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