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郊外型の大型ショッピングモール。広い駐車場はあらかたファミリーカーで埋まっていた。

 車を停めた奥谷は、一呼吸の間の後、身体をひねって私を振り向いた。

 「車から出たら、奥谷はもも乃さんの父親です。」

 「車に乗ったら?」

 「ただの奥谷です。」

 「いいよ。」

 奥谷は、安堵したようにかすかに微笑んだ。強面がふわりと緩み、そうしていると刺青つきの元やくざには見えない。

 私は奥谷の肩越しに窓の外の景色を眺めた。

 薄曇りの冬の午後。寒々しい薄青い空。なんの用意もないままどこか遠い北の国まで来てしまったみたいに、じんわりと心もとない気分になる。

 「服を買いましょう。それと、今日の夕食も。」

 「もう作らないの。」

 「お口に合わないでしょう。」

 「うん。」

 「惣菜を買っていくか、冷凍食品でも。」

 「うん。」

 「……下手でも、奥谷が作った方がいいですか?」

 奥谷が、ぎこちなく私に訊いた。その問いを引き出すような顔を私がしていたのだろうけれど、どんな顔をしていたのかはさっぱり分からなかった。

 「別に。怪我ばっかするじゃん。」

 自分の表情一つ分からない苛立ちで、口調は随分可愛げのないものになった。

 奥谷の肩越しに寒い景色を睨みつける。

 「怪我は、いいんです。奥谷は平気ですから。」

 「慣れてるの?」

 「……そうですね。これくらいは怪我の内にも入らないですよ。」

 奥谷は、ハンドルの上に置いた両手をゆっくりと拳の形にした。手袋越しでは、そこに刻まれたいくつもの浅い傷たちは視認できない。

 「じゃあ、奥谷が作って。私を連れて来たんだから、勝手につれて来たんだから、作ってよ。」

 本当に、全く可愛げのない台詞だった。それでも奥谷は、気を悪くした様子一つ見せなかった。

 勝手につれて来たんだから。

 その言葉が奥谷をじりじりと追いつめていることに、私は幼心にももう気が付いていた。

 勝手につれて来た。

 刺青だらけのやくざ者のくせに、水商売女の愛人だったくせに、勝手に私をつれて来た。

 そうやって奥谷を追い詰めることには、確かな愉悦があった。

 私は車を降り、奥谷を待たずにショッピングモールの入り口に向かった。

 奥谷は黙ったまま私の半歩後ろをピタリとついて来た。私たちは、どこからどう見たって親子には見えなかっただろう。

 買い物にはそう時間はかからなかった。コートを一着選んで、後はトレーナーやジーンズを何着かと下着。スニーカーを一足。

 「これだけでいいの? コートをもう一つくらい買わない? それに、セーターかカーディガンも。」

 「いらない。」

 一言で切り捨てると、奥谷はもう食い下がらなかった。

 休日のショッピングモールは家族連れでごった返していた。どの家族のお母さんも私の母ほどうつくしくはなかったけれど、姿形がうつくしいことには何の意味があるのだろうか。


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