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それから一週間、私はぼろぼろのトレーナーとジーンズを着続けた。意地やわがままと言うよりは、混乱していたのだと思う。自分の周りでなにもかもがすごい勢いで流れ去っていくことに。
奥谷は服についてはなにも言わなかった。三度三度の食事を私の部屋の前まで運び、声ひとつかけずにきっかり一時間後に食器を下げに来た。料理はいつも、いかにも子供が好きそうなハンバーグやオムライスやスパゲッティだったけれど、どれも、あまりおいしくなかった。ハンバーグは焼きすぎだったし、オムライスは中のチキンライスがぱさぱさしていた。スパゲッティはゆですぎてくたくたになっていた。
奥谷に引き取られてちょうど一週間目の夕食は、タルタルソースの乗ったエビフライだった。私は部屋のドアを薄く明けて、料理を置いて去っていく奥谷の後姿をこっそり覗いた。
元気なくぶらりと下げられた両手には、巻きつく黒い鎖の刺青が入っていたが、それより目立つのが日に日に増えて行く絆創膏だった。
「奥谷。もっと簡単なのでいい。」
思わず声をかけると、暗い廊下の先で振り向いた奥谷は、困ったように少し笑った。
「すみません、慣れないもので。お口に合わないでしょう。」
「おうどんとか、おそばとか、カレーとか、そういうのあるじゃん。」
その三つは私が叔母の家で作れるようになった料理だった。自分の食べるものは自分で用意しなければいけなかったので、うどんとそばとカレーばかり食べていた。
「もも乃さんは、うどんとそばとカレー、好きですか?」
「好きだよ。」
嘘だった、言いながら私は泣いていた。半開きのドアの隙間から奥谷を睨みつけるようにして、地団駄を踏みながら嗚咽した。お子様ランチみたいな料理を、奥谷はどんな顔で毎食毎食作っていたのだろうか。自分の料理が下手なことも、私の口に合わないことも、分かっていて。
奥谷は、泣きじゃくる私を持て余したように、離れたところで眺めていたが、やがて思い出したように一言、
「奥谷は、ずっといますから。」
別にいてほしくはなかった。奥谷は他人だったし、いかにも夜の人間だったし、母親の側に属する人間だった。側にいてほしい理由が一つもなかった。それでもその時私には、奥谷しかいなかった。
「エビ、硬い。」
「すみません。馴れないもので。」
一緒に食卓は囲まなかった。部屋に奥谷を入れもしなかった。そこまで打ち解けてはいなかったから。だから私はドアを半開きにしたままエビフライを食べ、奥谷は廊下の端っこに座って私がエビフライを食べ終わるのを待っていた
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