第2話【律と大バトル!!私、家を出て行きます!!】

2022年2月15日(火)の夜。

とうとう、その時はやってきた。



AYAがうどんすきを作っていると、律が台所に入って来た。

「姉ちゃん。豚肉、1パックにしてよ」

「分かった」

律に言われるがままに、解凍していた豚肉の2パックのうち1パックを冷凍庫にしまった。


しかしすぐにまた、律が台所に入って来た。

「豚肉、2パックとも解凍してたの?」

「えっ?そうだけど…」

「姉ちゃん!うちの家計の事も少しは考えてよ!!母さんが全部食費出してるんだから!!」

「ごっ…ごめん…」



「それに姉ちゃん。母さんに陰で悪口言うのもやめろよ!!」

「えっ?どういう事?」

「『就職先が決まらないのはスマホの電話番号が無いからだ』って言ったんだってな!!」

“えっ!?それ、悪口になるの?”と、AYAがオレに尋ねてくる。

“いや…。多分、普通に陰口にはならんだろ…”と、オレが返す。



「就職先が決まらないのは、姉ちゃんの力が足りないからだろ!!」

「いやいや…。お母さんに『スマホの電話番号が無いから就職先が決まらない』って言ったのは事実だけど…。それって、悪口になるの?」

「立派な悪口だよ!!」


“いやいや…。悪口じゃあ無いだろ!!”

この考えを言いたかったが、今はやめておいた方が良さそうだ。



「この家に居る以上、これ以上お母さんに悪口を言ったら許さないからな!!母さんも、姉ちゃんに悪口を言われたらオレに言えよ!」

「待って!!私が、いつ『この家に居たい』って言った?私はずっと、お父さんとお母さんには、『この家から出て一人暮らしがしたい』って言ってるけど!?」

「じゃあ早く寺田家に帰れよ!!」

「あっちにはもう帰りたくない!!私が料理を作っても文句ばっかり言われるし、『病院に行く』って伝えていても、正人さんお金置いて行ってくれないから、お義父さんに借りてばかりだった…」

「それでも、休みの日には色んな所に連れて行ってもらってたんだろ!!」

「それとこれとは話が別だよ!!」



「姉ちゃんの我慢が足りなかったから追い出されたんだろ!!母さんなんか、父さんがずっと酒飲みだった時も我慢し続けて来たっていうのに…」


美由の父親は、彼女が小学6年生の冬までは大酒飲みだった。昼間から酒を飲む事はもちろん、道路のど真ん中で寝転ぶ事もよくやっていたが、ある日を境(さかい)に、キッパリとやめてしまっていた。

そのため、美由と正人さんとの親族で行った食事会でも、コーラや烏龍茶ばかり飲んでいた。



「それは…。私だって見てきてるから、よく分かってるつもりだよ?でも、ほうれん草鍋を出した時だって、『こんなの料理じゃない!』って言われたんだよ!!」

「でも、お義父さんや有正は文句言わずに食べてくれたんだろ?」

「有正が生まれる前だよ!!お義父さんにも、『ほうれん草と豚肉の2品しか入っていない鍋なんて、料理じゃない』って言われたよ!!」


『お義父さんが文句を言った』──そう聞いて、さすがに律も驚いているようだった。



「でも、姉ちゃんの方が悪い!体調が悪くたって、家事を頑張ってる人達はたくさん居る。それなのに、姉ちゃんは甘えて、全然しなかったんだろ?」


「あの時は本当に辛(つら)かったの!!あの辛さは、体験した人にしか分からないよ!!今頃正人さんも体験してるから、後悔ぐらいしてるんじゃないの?何せ、調停に来られないぐらいの辛さなんだから!!」



──そう。2020年の春から、多形紅斑(こうはん)で約1年飲んでいたプレドニン。これが原因で、酷(ひど)く体調が崩れ、起き上がる事もままならない日もあった。


今は正人さんが、昨年の春から、たくさんのストレスが原因で起こったらしい顔面神経麻痺が原因で服用しているらしい。



「調停に来なかったのだって、どうせサボリだろ!?現に、調停の日に家に車が無かったんだろ?」

「そりゃあそうだけど…」


「そんなに家出て行きたいなら、出て行けばイイよ!!」

「分かった。──お母さん。明日、支所に連れて行って」

「…分かったわ──」

2人のやり取りが心配だったのか、いつの間にか美由の母親が廊下に立っていた。



「どうせ支所側も、そんなに簡単に家を貸したりお金を貸したりはしてくれないだろうけどな!あと…言い過ぎた。ごめん」

「私の方こそ、ごめんなさい…」

捨て台詞のようなセリフを吐き捨て、律は台所から出て行った。



オレ達は夕食の準備を済ませ、2階に上がった。

「──やった!!これで、家から出られる~!!」

「まぁ…この家では『律の発言は絶対』だからな。前の、美由の父親の時よりは期待はもてるよな!!」

「だよね、だよね~!!」

AYAは、ものすごく浮かれているようだ。



「これで支所側がOKしてくれたら、一人暮らし出来るね~!!」

「ああ。まぁ今回は、『家族も援助してくれない』っていう体(てい)でいけそうだしな。一人暮らしOKなら、生活保護も受給対象だろうし」


「一人暮らし出来るなら…。もっと駅から近い都会に住んで~。出来るなら、大きい病院とかスーパーの近く…かなぁ?レオパレスだと、家具や家電も付いてるんだよね~!!」

「レオパレスって、洗濯機は付いてるんだっけ?」

「あ~。どうなんだろ?──でも、楽しみ~!!」

AYAは『浮かれる』を通り越して、『妄想(もうそう)モード』に入っていた。


「一人暮らしだったら、好きな時間に外出出来るから、夜中にコンビニとかスーパーとか行ったりして~。ウォーキングとかもイイよね~!!痩(や)せれるかなぁ?」

「おいおい。まだ『一人暮らし出来る』って決まったワケじゃあないんだから…」


「一人暮らし出来たら…美由ちゃん、また戻って来てくれるかな?」

「AYA…」

「美由ちゃん。今人間不信で、全く表に出て来なくなっちゃったじゃない?だから、“もしかしたら、今までこの身体で体験出来なかった一人暮らしが出来るようになったら、出て来てくれるんじゃないかな~”…って思って」

「そっか…。そうだよな!じゃあ明日、頑張らないとな!!」

「うん!!」



明日、オレたちは支所に行く。



はたして、オレたちは一人暮らしが出来るようになるのだろうか?

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