第12話 余り石に福あり
「そうそう、ここにしばらくとどまること、妖精さんたちに許可を得たんです」
食器を片付けながらララが告げた。
「ここは空気が澄んでいて、近くの川も驚くほどすみわたっています。体の養生には最適だと思いまして。干し肉はまだありますし、野草や木の実なら少し森に出向けばとれますし。そういうわけで、しばらくはこちらでゆっくりしてくださいね」
こちらの行く手を阻んだ、分厚い濃霧を思い出す。妖精たちの気に入らない邪悪な者はきっとあそこで拒まれる、拒んでほしいな、というあわよくばな願いもある。
食器を水で流しながら、ちらとテーブルを振り返る。鳥はまだそこにちょんと座ったままだったが、「ケケッ」と返答がきこえた。よかった。先ほどよりは機嫌が戻っている感じがする。
旅をしながら生きているララだが、一か所にとどまって車中泊するのは珍しいことではない。気に入った場所があればじゅうぶん堪能するまで粘り、そこの景色も空気も水も、一通り味わって満足してから次の場所へ向かう、ということはしょっちゅうある。というか、それこそ旅の醍醐味だと思っている。
今回は同行人の養生も含めて、それと同じようにすごすだけだ。だがその間に、やるべきことがある。
ララは皿を洗い終わると手を拭い、ソファに腰かけた。脇の本棚から紐でつづられた紙束、引き出しからペンとインク壺を取り出す。紙束は、町で不要になった貼紙をもらって自分で綴ったものだ。裏返して使えば立派なメモになるのだ。
ララはペン先をインク壺に浸し、黄ばんだ紙の上にさらさらと文字を連ねていった。
〈謎の鳥について〉
〇鳥はモンスターか、鳥獣か。
↓
・人間と同じ食事ができる。強力な消化液と毒分解。
・人間の赤子のような顔がある(と思われる)。
・人間の言葉を解し、意思疎通ができる。
結論……新種のモンスターの可能性が高い。鳥と人間の異質同体<キメラ>?
紙に顔を近づけ、真剣にペンを動かすララの様子が気になるのか、鳥がちらちらとこちらを気にしている気配がある。鳥に文字は読めるだろうか。さすがにそれはないか。
ともかく、今はここまでが、鳥についてわかっていることだ。これから鳥を観察し、情報を増やしていく。そうすれば、いずれ鳥の故郷にたどりつけるかもしれない。
「……あちちっ」
ララは反射的に胸に手をやった。襟元に手を突っ込み、銀の鎖を引っ張りだす。鎖の先には、小さな透明の結晶がくっついていた。それが鋭い熱を帯びているのだ。
「あ、……しまった」
鎖から結晶を取り外す。手のなかで何度か結晶をひっくり返して確認し、ララは落胆のため息をこぼした。
念のため、引き出しからこの間ハヤブサ便で届いたギルドの依頼書を取り出す。依頼されていた仕様と、今できあがったものを見比べると決定的に違っていた。仕様書では結晶の下部が少し突き出た形をしているのだが、実物は長さが微妙に短くなっている。この結晶は魔砲と呼ばれる武器に使用するもので、規格が少しでも違っていると合わないどころか、最悪暴発してしまい使用者の命が危険にさらされるのだ。
結晶づくりに失敗はつきものだ。日常的に精神を結晶に向けていなければならないのだが、鳥が来てから気もそぞろになることが多かった。それが度重なれば歪にもなるだろう。
「しまったなあ……ああ、つくりなおししなくちゃ……」
もう一度ため息を吐き出して、ララは再び、銀の鎖の先に集中した。ぽう、と淡い光がともる。無属性魔法特有の、無味簡素で透明な光。それを確認してから、ララは鎖をそっと胸元になおした。
「ケ」
ぽつんと、鳥の声。見れば、黒い羽毛ごしに鳥の視線が目の前の
「わたしの魔力の結晶ですよ」
半ば投げやりになって説明してやる。
「お仕事で、決まった形のものを十個納品しなくちゃいけなくてですね……ああ、このペースじゃ、どこかでちゃんと集中する時間をとらなくちゃいけませんね」
鳥をここで養生させている間、自分は少し仕事に専念してもいいかもしれない。なにせ期限は二週間しかないのだ。
鳥は立ち上がり、足元に転がる不思議な塊を注意深く観察していた。顔を近づけ、すんすんとにおいを嗅ぐ。足を突き出し、鉤爪の先でちょんちょんとつつく。
「怖がらなくても、それ一つじゃ何もできませんよ」
苦笑交じりに言う。
「魔力の結晶は、いわば蛹のようなもので……中の魔力は膨大でも、結晶化しているうちは漏れ出すことがないんです。それを、たとえばそこの蛇口とか、魔動コンロとかに組み込んで少しずつ削って溶かすとですね、必要な分だけエネルギーが得られる仕組みなんですよ」
こんなことを鳥に説明しても仕方ないのだが、ついつい、学校で習ったままに口にしてしまう。
「それ、もはや何にも使えませんし。養生している間、暇がつぶせるなら差し上げましょうか?」
鳥がぱっと顔を上げる。言ってしまってから、しまったと思った。いくら蛹のように固く閉ざされているとはいえ、中には魔力が詰まっているのだ。乱暴に扱って万が一のことがないとも限らない。
「あ、やっぱりなしです! 危険がないわけじゃないので……」
だが、鳥はもう結晶を足で引き寄せ、不動の気迫でこちらを見上げている。今更こんなおもちゃを手放すわけないだろう、と言いたげなオーラをひしひしと感じる。
「あの、ですから、それ、魔力の塊なので……わたしがバカでした。ちゃんと扱わないとどうなるかわかりませんし、さっきだって、気もそぞろだったせいで熱を帯びていたんですよ。熱を帯びたら、熱いんですよ」
鳥は「ケケケッ」と首を振る。頑として離すつもりはないらしい。
ララはしばらく鳥と睨みあっていたが、鳥の態度と気迫に根負けしてしまった。
「……どうしても、それ、ほしいんですね」
「ケッ!」
「わかりました。では、約束してくださいね。それは魔力の結晶です。その辺りに放置しないこと――悪意のある誰かが万一拾えば悪用される可能性があります。それから、乱暴に扱わないこと――わざと破壊したり、燃やしたりしたらどうなるかわかりません。もちろん、納品用に作っていますからわたしだって頑丈に作っていますけど、万一のことがあります。わかりましたか? 守れますか?」
人差し指をぴんと立ててこんこんと説く。鳥はそのすべてを呑みこみ、翼をぴっと掲げて答えた。
「ケッ!」
ララの言うことを聞く気はあるようだ。ほっとしたような、しないような、複雑な気分だが、信じるしかない。
「ではそれ、どこかに大切にしまっておいてください。あなたにあげた、ベッド兼座席の箱とか……」
それを聞くと、鳥はふいによたよたと脚をひきずり、ララのそばまでやってきた。そしてばさばさと不器用に翼を振り、ララの胸元に飛びつく。
「きゃっ――な、なんですか」
黒い羽毛が舞い飛び、鳥の顔がララの襟ぐりに激突する。そうして、鳥は小さな唇で銀の鎖を引っ張り出した。
「ケケケッ!」
「いたたっ、ちょっと、どうしたんですか。その鎖がいったい……ああ、わかりました。わかりました!」
ララは鳥の猛攻をかいくぐりながら引き出しを引っ張り出し、予備の鎖を取り出した。
「これですね? これがほしいんですね?」
「ケッケケーッ」
そうそうそれそれ、と言わんばかりに鳥が鎖をもぎ取る。そして鎖を口にくわえたまま、足先で結晶を引き寄せ、鎖の先を近づける。ちょいちょい、ちょいちょいと鎖を動かすが、金具は結晶の上を撫でるばかり。
「ケ……」
泣きそうな声でララを見る。くっつけ方がわからないようだ。
「……しかたないですね、もう」
やれやれとララが手を伸ばす。手のなかで結晶と鎖を握り合わせ、意識を少し傾ける。次に手を開いた時、鎖の金具は結晶のなかに取り込まれ、一体化していた。
「ケケッ?」
鳥が仰天の声をあげる。何度も何度も結晶を見、ララを見、匂いを嗅ぎ、やがて納得したようにうなずくと、おそるおそる首を突き出した。
ララはもう、鳥が何を言いたいのかわかっていた。鎖の金具を外し、鳥の首の後ろに回す。そうして、長さを調節してから金具をパチンと留めてやった。
「はい。できましたよ」
鳥の目線が首元に向けられる。いびつな形の小さな結晶をじいっと見つめた。
「大事にしてくださいね。……いろんな意味でですよ」
「ケッ」
ばさっと片翼が上がる。了解した、と背筋をただした。
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