第7話 鳥……?
早朝、小鳥のさえずりが響きわたる森のなか。
「あった……あったぜ!」
清廉とした空気をぶち壊す、明るく豪快な声があがった。
目に鮮やかな赤毛をガチガチに固めたリーゼント。とげとげしい肩パッドに痛々しい釘バットまで装備しているが、顔つきは成人したての若い男である。彼は手につまんだ黒い羽根を頭上高く掲げ、びしっとポーズを決めていた。
「おーい、あったぜ! こっちだぞこっち!」
「ちょっともう、大声出さないで」
向こうの木立からやってきたのは、派手なメイクに金髪ボブヘアの少女だ。三角帽とドレスという、魔導士特有の装備に身を包んでいるが、そのすべてがきらきらしいラメやらリボンやらでごてごてに装飾されていて、もはや原形が泣いている。
「肝心の獲物が逃げちゃったら話にならないじゃない」
「わかってらあ。けどよ、はやく次の痕跡を追わねえと、またどっか行っちまうかもしれねえだろ」
「その点は大丈夫じゃないかな」
ふたりのすぐ後ろから、低く穏やかな声がする。振り返れば神官服に身を包んだ壮年の男が立ち、リーゼントの男の手のなかを指さしていた。
「ほら、羽根の根っこの部分。まだ色が赤っぽいだろう。抜けて間もない証拠だよ」
「じゃ、まだ近くにいるってことだな」
「やったじゃない。早くつかまえて、アンヘル様に献上しなくっちゃ!」
「よっしゃあ! それじゃ、とっとと行くぜ!」
赤リーゼントが立ち上がる。ごん、と釘バットを大地に突き立て、重みに耐えかねた土がめりめりと穿たれる。
「はー、いちいち乱暴な男」
「なんか言ったか?」
「うっさいわね。はやく行くわよ」
魔導士の女は颯爽と歩いていく。その後ろをリーゼントが追いかけていき、神官の男もやれやれと苦笑をもらしてついて行った。
しかし、肝心の獲物の姿はどこにも見当たらない。
足元の木漏れ日はますますまぶしく強く踊り、どこからともなく獣たちの息づく声が耳にひびく。三人は根気強く目を凝らし、草をかきわけ、木々を揺らしたが、お目当てのものは影も形も見当たらなかった。
「くそぉ、羽根は落ちてるってのによ……」
「方向は間違っていないだろうね。問題は、今どこにどうやって身を潜めているかだけど……」
「あっ、ちょっとふたりとも!」
声をひそめながらも、興奮を隠しきれない様子で魔導士が囁く。
「見て、あそこ!」
彼女の指さす方向へ、ふたりは一斉に目を向ける。
見れば、木立の少し開けた場所があり、陽に反射してきらめく湖が広がっている。そのほとりに、薄青く塗られた奇妙な小屋らしきものが建っているではないか。
「人がいるんだわ。何か聞けるかもしれないわよ」
「あんなところに人がいるとは……木こりだろうか?」
「かもな。こりゃ聞いてみるっきゃねえ!」
リーゼントが一番乗りで草むらから飛び出す。ふたりも慌てて後を追った。
「ちょっと、あんまり先走らないでってば――」
「おらおらおらあ!」
まったく聞く耳を持っていない。彼は釘バットを手にずんずん突き進み、建物の前に躍り出た。
「泣く子も笑う紅蓮の戦士、ローマン様のご登場だぜ! さあ俺様の質問にいますぐ……こたえ……」
声は急速にしぼんでいった。代わりに、その眼が大きく見開かれる。
「もう、ローマンってば! ――すみません、私たち冒険者で、ちょっとお尋ねしたいことが……」
後ろから追いついたふたりも、唖然と立ち止まる。
見れば建物のすぐそば、ローマンの足もとに、白いベレー帽を被った小さな女の子がちょこんと立っているではないか。
ちょうど水汲みから戻ってきたのか、横に木桶が置かれている。少女がきょとんと首をかしげると、薄桃色の髪がふわりと揺れた。
「なにか、ご用ですか?」
「あー、えっと……」
完全に調子を崩したリーゼントことローマンは、狼狽を隠しきれていない。てっきり、くたびれた木こりの老人が現れると思っていたのに。
神官服の男がローマンを押しのけ前にでる。「急にごめんね。失礼するよ」と、少女の目線に腰をかがめた。
「僕たちは冒険者ギルドの者でね。依頼されて、鳥を探しているんだ」
「鳥、ですか」
「そうそう。この森に逃げ込んだのはわかっているんだ。君、見なかったかい? こんな黒い羽根をもっていてね……」と、先ほど拾った羽根を見せる。まだ根元は赤っぽい、抜けたばかりの羽根だ。
「大きさは両手におさまるくらいで、全身が羽毛でもっさりしているんだ。ちょっと変な鳴き声でね、こう、けけけーっと鳴くんだけど……」
「うーんと……」少女は怪訝そうに眉根を寄せている。「それは、鳥なんですか? モンスターではなくて?」
「いや、モンスターではないよ。れっきとした鳥さ」
「じゃあ、カラスの混じった突然変異とか……?」
「君、小さいのに難しい言葉を知っているね。そのあたりは、僕たちにもわからないんだ。ただ希少な鳥だから捕まえてほしいという依頼でね」
「そうなんですか」
「ねえ、ていうかこれ、なんなの?」
魔導士の女が割って入る。彼女はベビーブルーに塗られた建物をまじまじと眺め、困惑の表情を浮かべていた。
「家? 車輪がついてるけど、車?」
「あ、あの、魔動車です」
「えっ、魔動車……って」
女が何か言いかける前に、少女は急いで続けた。
「あの、あなた方は冒険者ということでしたが、どちらのですか」
「ああ、僕たちはね――」
「俺たちは泣く子も笑う紅蓮の戦士団、ローマンパーティだぜ!」
突如調子を取り戻したローマンが声をあげた。魔導士も神官も押しのけ、天へ向かってびしっと指をつきあげる。
「いいかい嬢ちゃん、よーく頭に刻んどけ! 俺たちは冒険者も冒険者、アンヘルファミリーいちのパーティ、ローマンパーティだぜ! 俺様がリーダーで戦士のローマンだ」
と親指で自分の胸を差し、少女へ向かってずいと顔を寄せる。少女はすっとわずかに身を引いた。
「でもって、こいつが魔導士ベガ!」
「ちょっと、勝手に紹介しないでよ」
「そんでこいつが俺たちのブレーンにして名医、ヘススだぜ。どうだ、なかなかイカすパーティだろ?」
「ははは。ローマン、そろそろやめないと、お嬢ちゃんを怖がらせてしまうよ」ヘススがぐいと腕を引く。
「んだよ、今いいとこなんだぞ、邪魔すんじゃ――」
「そ ろ そ ろ や め よ う か」――にっこり、息のかかりそうな距離で笑う。「と言ってるんだけど」
「――ヒッ」
さきほどまでの威勢はどこへやら、ローマンは情けない声を上げて飛び退った。
「わ、わーったよ。……悪かったな嬢ちゃん、俺たちはよ、ただ話をききたくて……」
「黒い鳥、ですよね」
少女は顎に軽く指先を当て、うーん、と目線を宙にやる。
「いろいろ思い返してみたんですけど、見なかったと思います。その妙な鳴き声も、記憶になくて……」
「なんだ、見てないのね」
ベガがあからさまなため息をつく。
「じゃあしょうがないわ。ほらあんたたち、違うとこさがすわよ」
「違うとこったってよ」ローマンが肩をすくめる。「アテがねえんじゃどうしようもねえぜ。痕跡はこれ一枚きりだし……」
「でも、捜さなきゃでしょ。とにかく手分けして」
「まだ、森を出てはいないはずだよ」
ヘススは、手にしていた羽根をローマンのポケットに押し込んだ。そしてすぐさま自分のポケットから小さなスプレーを取り出し、手にしゅっしゅと吹きかける。
「怪我を負っていたことは確かだからね。翼と脚。それをひきずりながら必死に歩いたとして、たいして進めやしないだろう。たまたま、こっちの方向じゃなかったというだけでね」
「そうねえ。じゃ、あんたはあっち」
と、ローマンの襟首をぐいとつかみ、少女の立つ方向に向ける。
「ヘススは湖のむこう。あたしはこのまま前方を目指すわ」
「いいね。見つかっても見つからなくても、きっかり一時間後にはここに集合にしよう。ローマンもそれでいいね?」
「ああ。いいぜ。俺様がかならず見つけ出して、おまえらの前に突き出してやるからよ!」
言うなり、ローマンは釘バットを肩にかついで猛然と駆けだした。決断と行動の速い男である。
「じゃ、私たちも行くわ」
ベガは少女に向かって気だるげに手を振る。
「おじゃましたわね。それじゃ」
「ところで君」ヘススはその場で立ち止まったまま、少女に問いかける。
「こんなところで何をしているんだい? だれか、ほかに人はいないのかな?」
「いえ」
少女はふるふると首を振る。
「旅をしていました。休憩をとっていたところで……そろそろ、出ようとしていたところです」
「旅を? ひとりで?」
「はい」
「この……魔動車で?」
ヘススの視線が、少女の後ろに控えたへんてこな車に向けられる。
「はい」
不審そうなヘススの顔とは対照的に、ララの返答も表情も自信に満ちていた。
「でも、危なくないかい。君、まだ十歳くらいだろう。だれか大人は……せめて冒険者を……」
「ちょっとヘスス!」
遠くからベガの声が飛んでくる。
「はやく動きなさいよ! そんな子に構ってないで!」
「……」
ヘススはやれやれと腰を伸ばし、迷うように視線を巡らせたあと、ふところに手を入れた。
「気休めかもしれないけど」
と、手の中のものを少女に差し出す。
「僕の勤めていた教会で聖水に漬けこんだものだ。森を出歩くときは、身に着けておくといい」
「あ、ありがとうございます、でも……」
「礼はいらないよ。それじゃ、気を付けてね」
ヘススは服の裾をひるがえして、湖の向こうへ歩いていった。
少女はしばらくの間その場にとどまり、三人がそれぞれの方向へ姿を消すのを見届けていた。そして静かになったところで、ようやく息をつく。
車の方へ向き直り、そっと声をかけた。
「あなた、追われているの?」
ひょっこり。車輪の陰から小さな生き物が顔を覗かせる。
それは黒々とした毛玉そのものだったが、鉤爪のついた
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