異世界料理研究家、リュウジ短編集⑨〜KAC2022に参加します〜

ふぃふてぃ

マッシュオークのポークチャップ

 キャベツにニンジン、タマネギ。最近は野菜が高いんだよな。野菜の高騰は異世界でも変わりなし……か。


 俺は異世界料理研究家リュウジ。異世界のあらゆるモノを調理して……。


「リュウジ。アタシと一緒に実家に来て!」

「はぁ?いや、そんな急にソンナこと言われても、心の準備ってもんが……」


「ツベコベ言ってないで、ピューイに乗せてよ。もう野菜が残り少ないんだから」

「あっ、そう言う事ね……」


 ルティの実家があるライネ村は古都リゼルハイムのあるベスティア大陸の北側に位置する。野菜の他に、特産はケチャップ。熱い時期には真っ赤なトマトが村中を彩るのだそうだ。


           ○


 体内魔力を放出したピューイは大きく膨張し、巨大な鷲のような体躯、暖色系の羽根を羽ばたかせ雲を斬る。鷲のような細い足で、一回り大きな麦の穂で編まれたバスケットを掴み、俺とルティを乗せて空を飛ぶ。


「リュウジ。村の様子が変よ」


 目的地のライネ村を前にして、旋回する怪鳥の上から村の様子を伺う。


「そうみたい……だな」


 豚のような魔獣の集団。決して大型ではないが統率の取れた数の脅威。柵を壊すオークの群れに、多勢に無勢で立ち上がる村の男たちを援護すべく、俺達はルティの故郷ライネ村へと降り立った。


「リュウジ!来るわよ」「オゥ」


 先制はピューイの火焔攻撃。大地を焦がす強力な息吹きに魔獣たちはたじろぎ動きが止まる。更に追撃。焼けた地にスタンと華麗に降り立つ少女の詠唱。ダガーから放たれる氷の飛礫。


「ブビィーーー!」と咆哮。


 すぐに体制を整える魔獣の群れ。猪突猛進のオークは、豚のような短い脚を一蹴り、瞬発力を強靭な一撃へと変える。真っ向からフライパンで攻撃を防ぐ。グググッと軸足でオークの勢いを殺す。すかさずピューイの援護が入る。


 ブワリと吐く灼熱の息吹き。「ピューイ!」と鳴きながら敵を威嚇する。


 焼け焦げたオークがバタリと倒れ、その後ろから二体のオークが詰め寄る。一体の攻撃はフライパンで受け止め、もう一体はルティの氷魔法アイスニードルがオークを貫く。間髪入れずにルティのダガーが、フライパンの前で立ち往生の魔獣を捉え、鮮血と共にもう一体の魔獣が倒れた。


 背中合わせで聞こえる少女の呼吸。


「もう息が上がったのか?」

「ご冗談。こんなの、ただの準備運動にもならないわ」


「だよな」という俺の相槌を鼻で笑い飛ばし、少女はボブの黒髪を翻しオークへと立ち向かう。揺れる鉄糸を編み込んだミニスカート。ルティが数体撃破し、俺は防御に専念する。


 ピューイの援護も効果的で、オーク群れと渡り合う。村人の崩れた陣形も整った。人間とオークが混じり合い、共闘戦が始まった。戦いの最中、二つの影が近づく。


「ルティ、おかえり」

「ただいま、お父さん」

「お、お父さん!」

「君にお父さんと言われる筋合いはないぞ」


 そこには筋骨隆々のルティとは似つかない金色長髪の男性。銀メッキのはがれた使い古しの鎧を身に纏い大剣を振るう。


「あら、アナタも似たような武器を使うのね。おかえり、ルティ」

「ただいま、ママ」

「お、お母さん?」

「あら、アナタにお母さんと言われる筋合いはないですよ」


 栗色のロングヘア―に淡い桃色のエプロンドレス。女性は左手に持つ小ぶりのフライパンでオークの進行を阻むと、右手に持つオタマをカーン!鳴らす。魔獣は小さな耳をピクピクとさせてドサリと倒れた。


「敵はマッシュオークだ。神経系統の背中のキノコさえ採ってしまえば簡単に倒せる。五人一組、四一ヨンイチ陣形」


 ルティの父親が陣頭指揮を取る。5人一組に陣形を整え、四人でオークを進行を防ぎ一人がマッシュオークの背中に生えたキノコを切り落とす。「ブビィー」という鳴き声と共に、オークは次々と倒されていった。


          ○


「さっきは助かった。礼は言っておく。俺はルティの父親のレイヴン・クーリッジだ。コッチは妻のカトレア」


「ライネ村へようこそ」

「りゅ、リュウジです。はじめまして」


「ルティから聞いているわよ。よろしくネ……それにしても困ったわねぇ」

「そうだな」とルティ夫婦は悩ましい表情を見せる。


「あの、何か問題でも?」と他所者が不躾かとも思ったが、気になったので俺は尋ねる事にした。


「もうすぐ、日没でしょ。倒れた魔物をほっておくと、他の魔物がよってくるじゃない」

「君はそんなことも知らないのか?」


――あぁ、カーベルンの時と同じ展開ね


 つまり、食べてしまえば良い。簡単な事だ。俺は提案すべく「そるならば」と……


「それならば大丈夫よ。リュウジは料理人なんだから」


 ココぞとばかりのルティのプッシュに、俺は勢いを削がれ、遠慮しがちに前に出る。


「料理人……ねぇ。私でもマッシュオークは調理したことないのよ」

「んだ、んだ。完全に魔獣化したマッシュオークはクセが強すぎて食えたもんじゃねぇべ」


 ルティ母カトレアだけでなく、村人も入り混じり「あーでもない。こーでもない」と井戸端会議が始まり、そんな村人を「リュウジなら大丈夫って言ってるでしょ!」とルティが一喝する。


「や、やれるだけやってみます。まぁ、どうにかなりますよ」

「どうにかなるといった奴が、どうにかなった試しが……」

「お父さん。ここはアタシを信じて」


「ま、なんだ。ルティが言うなら……みんな、一応、この人は村を助けに来てくれた恩人だ。ここは策もないし、試してみようじゃないか」


――娘には甘いな


「んだなぁ」と村人は解散。俺はルティに案内され、一軒の平屋に行き着く。『コネクト孤児院』と木彫りの表札。ルティは勝手知ったるといった様子で裏口から入り、台所へと案内してくれた。


「今、料理用の薪を持ってくるわ。奥の棚に野菜があるから好きに使って」

「お、おぉ。ありがとう」

「足りないものがあったら言ってね」


 そういうとルティは近くに薪置き場があるのだろうか。薪を持ってきて釜戸に火をつけた。


 石造りの台所。作りは満腹ギルドに似ている。正面に水場があり、左には釜戸と薄い鉄を筒状に丸めたドラゴンストーブ。右には野菜や調味料のおいてある棚がある。


 俺はそこから玉ねぎを取り出し薄切りする。マッシュオークの背中に生えていたキノコも食べやすい大きさにカット。事前に焼いたのを食べてみたので安全は保障済みだ。


 熱したフライパンに油を入れ、オークのこま切れ肉と酒を入れて全体の色が変わるまで炒める。塩こしょうで味を調える。薄切りにした玉ねぎをを入れて、しんなりするまで炒める。


「あら、なかなか手際がいいのね」

「そりゃそうよ。リュウジは料理人だもの」


 ライネ村特産のケチャップと酢、竹砂糖の汁を入れて全体を馴染ませる。オークのこま切れ肉に火が通ったら「マッシュオークのポークチャップ」の完成だ。


「まんずぅ、美味そうな匂いがスッペ」

「んだなぁ、期待できそうだぞ。ばあさまも呼んでくっぺ」


 賑わいが増える。いつの間にか裏口の前には長テーブルが用意され、酒や煮物なんかが用意されている。


「レイヴンのところの子供達も呼んで来たら良いんでねぇの」

「言われなくても来てますよ」


「美味しそうな匂いがするぅ」

「ルティ姉ちゃんが男、連れてきた」


 老若男女が入り混じり宴会の様な時間が過ぎる。その後、俺はルティの家に泊まる。あろう事か父親と一緒に寝ることになるとは災難だ。


          〇


 ルティの父レイヴンの大イビキで目を覚ます。外はまだ夜更け。緑に溢れた村の木々がサワサワと音を鳴らす。心地よい虫の音。


「枕が変わると寝れないタイプ?」

「あぁ、いや。まぁ、そんな感じですかね」


(口が裂けても旦那の鼾が五月蝿いくて、とは言えない)


「孤児院ということは、やっぱり……ルティも」


「そうよ、私たちがまだライネ村に来たばっかりの時だったわ。ちょうど、このくらいの夜更けだったかしらね。裏口で音がしてレイヴンと見に行ったの。そしたらね、パンを入れるようなバスケットが置いてあって……」


「まさか、ルティはその中に?」


「薄汚れた布に巻かれ『名はルルティエです。神より授かりし魂を捨て置く私をどうかお許し下さい』と書かれた手紙と一緒に」


 そう言ってカトレアは昔を懐かしむように裏口の方へと目を向けた。


「子供なんて育てると思ってもなかったから……そしたらあの人はなんていったと思う。猫の手を借りるつもりで育てればいいじゃないか。そう言ったのよ」


「猫の手……」


「そう、村を大きく住みやすくするためには人手が必要だ。若い力が必要だ。そこには家柄や血筋は関係ない。もちろん孤児だって。ほら見てみろよ。可愛いらしいじゃないか……そう、あの人が言ったのよ」


 憂う様な目線を手に落とすカトレア。


「そしたらね。ルティは私の手を掴んでにっこり笑ったのよ」


 それは母親の表情だった。


「まっ。今では立派に育ってケンカばっかしてるけどね。でもまぁ、猫の手を借りた結果、村が救われたわけだし……」


 そういうと今度は空を眺めていた。


「危なっかしいし、口が悪いし短気だし。でも助けに来てくれた。あの子は私に似ちゃって、お転婆のじゃじゃ馬娘で困ることもあるでしょうけど、根は優しい子だから。リュウジさん、ルティをよろしく頼むわね」


「俺もルティに助けられた身ですから……コネクト、素敵なファミリーネームですね」

「ありがとう。私達の名を付けてあげられなかった事が唯一の後悔だった。でも、そう言って貰えると救われるわ」


 夜は更け、やがて明けてゆく。同じ方角から上る太陽。パンの焼ける香ばしい匂い。明るい朝の挨拶を交わす。住むところは違えど、流れる血は違えど、同じ釜の飯を食べて生きてきた親子の笑顔を間近で眺む。


 俺とルティは野菜をどっさりと貰い、ピューイに乗ってライネ村を後にした。この後、訪れる危険を知らずに……。

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