第五十六話 魔眼
僕が意識を取り戻した時、痛みはなかった。ポーションやら魔法やらが効いているのだろう。右目を失った時のあの激痛。思い出すだけで嫌な汗が流れる。それにしても凄い技術だ。あの痛みを抑えられるとは。血は大量に流したから気怠さは残るが、痛みがないだけでもありがたい。
ただ、僕の右半分の視界もないままだった。恐る恐る触れると包帯が厚く目の部分を覆っていた。
「起きた?」
「あぁ……」
焚火の番をしていたのはシエルだった。
「此処は25層のフロアボス部屋の手前。天井も入口も完全に遮断してるから襲来の危険はないよ」
「そりゃ安心だ。……2人は?」
「寝てる。魔力、使い切っちゃったからね」
それもそうか。これだけの傷を塞いだんだから、それ相応の魔法を使ったのだろう。魔力が回復するまでは待機だな。
パチパチと爆ぜる焚火は好きだ。赤く揺れる火も、炭となった薪をくすぐるような熾火も好きだった。けれどそれが今は半分しか見えない。
唐突に昔読んだ漫画を思い出した。いや、アニメだったかな。隻眼のキャラクターの死角側から攻撃する主人公に手を焼いていた敵役の顔が浮かんだ。まさにあれだ。右側が見えないってだけでこれ程までに不安になるとは。頻りに右側ばかり気にしている僕が其処にいた。
「《
「うん?」
「見事だったよ。アレイスターみたいだった」
「シエルが一緒に旅してた勇者だっけ。ザルクヘイム王国の王子様の」
「うん」
あれは僕も上手くできたと自負している。その後がお粗末だったけれど。
「左目、なくなっちゃったなぁ。これじゃあフィンギーさんに顔向けできないや」
「それなんだけどさ」
焚火を見つめていたシエルが顔を上げ、僕をジッと見る。
「……ナナヲ様って、ズルは好き? 嫌い?」
「は? それは前にも言ったけど……ちょっと待て。シエル、お前、まさか」
「うん。そのまさか。包帯、取ってみて」
その問答は僕に《
「ほら、早く」
「う、うん」
震える指先が右目を覆う包帯に引っ掛かった。そのまま下にずりおろす。閉じたまま力の入らない右の瞼だったが、数分もすれば動くようになった。
「あっ」
見えた。右側の視界が明るくなり、はっきりと揺れる焚火が見えた。
「良かった、成功したね」
「でもなんで? 勇者戦術のインストールは理解できたけれど、神眼は……」
「ん? それ、神眼じゃないよ」
「えっ?」
顔を上げると、どこか悪戯っぽく笑うシエルが告げた。
「それね、私の《魔眼》だよ」
「《魔眼》……!?」
「ほら」
パチンと指を鳴らすと目の前に鏡が出てきた。何かの魔法の組み合わせだろうか。いや、今はそんなことはどうでもいい。宙に浮く鏡を手に取り、焚火の明かりが作用するように角度を調整して自分の顔を見た。
酷い傷が右目を縦に割いていた。その傷の中心、失ったはずの右目は塞がってるわけでもなく、ましてや空洞というわけでもなく、シエルと同じ赤い眼球が僕を見つめていた。
「ごめんね、どういう影響があるか分からなかったけど無いよりはいいかなって。紋様まで出ちゃうとは思わなかった」
「いや、全然いいよ……」
上下左右に鏡を動かして右目で追うが、ちゃんとついてくるしピントも合ってる。まさか目が回復するとは思わなかった。嬉しくて涙が出てきたぜ……。
「ぐすっ……本当にありがとう……」
「ふふ、いいんだよっ」
両腕を広げたシエルに、何も考えず抱きつき、抱き締めた。感謝の言葉しか出てこない。もう一生見えないと思ってた。僕の唯一の取り柄だった《神眼》も奪われて絶望していた。それがシエルのお陰で《魔眼》となって戻ってきた。こんなに嬉しいことはない。
「そうだナナヲ様、目に魔力流してみて」
「ん……わかった」
シエルから離れて涙を拭い、魔力を流す為に《
体内に蓄積された魔力を右目に流すと、鏡の向こうの僕の目が赤く光り始めた。それと同時に頬の部分にシエルと同じ紋様が浮き出てきた。実際に肌に刻まれているのではなく浮かぶように、でも離れずについてくる。さっき言ってた紋様ってこれのことか。
「今までの《神眼》はナナヲ様の固有能力だったけれど、《魔眼》は後天的なものだから魔力を流さないと作動しないの。ちょっと面倒かもだけれど……」
「ううん、嬉しいよ。どんな能力があるの?」
「それなんだけどね」
僕に教える為か、僕の隣に座り直したシエルが鏡を覗き込みながら自分の目を指差す。
「神話の中のモンスター、邪神アンラ=マンユにはいくつかの魔眼があるんだけど、その中でもナナヲ様に合ったのがあったからそれをインストールしたんだ。前みたいに使ってみて?」
「ん、わかった」
魔力を込めながら、初めて神眼を発見した時のように鏡に写る自分の目をジッと注視した。
『《魔眼”
ふむ……確かに《神眼”
「ありがとう、シエル」
「ふふん、どうってことないよ」
「格好良いよ。赤く光って、シエルと一緒だ」
「そう? 良かったっ」
視線を鏡に移す。ほのかに灯った赤い光。眼光というとなんだか鋭く聞こえるが、優しい揺らぎは焚火と同じだ。優しい暖かさは見る者の心を落ち着かせ、だが時には強く爆ぜて自身の存在を大きくする。灯った火が消えても熾火となって生き残り、再び赤く燃え上がるのだ。
「魔眼にも色々あるけれど、使えないのもあってね。その解明の魔眼は私には合わなかったんだ」
「探究においてシエルの右に出るものはいないような気もするけどな」
「だからだよ。心が拒絶しちゃうんだ。この道は私の道。ユーラシエル・アヴェスターの道。此処はアスモ=デウスの道じゃない、って。ズルは私、大好きだよ。遠回りも好きだけど近道も好き。見たことない景色が見えるから。でも此処だけは、この探究の道だけは譲れないんだ」
シエルの心の内を聞くことは、実はあまりない。過去の話だって深淵古城に来た時にちゃんと聞いたのが初めてだった。そんなシエルがちゃんと話してくれた。テイムモンスターでもなく、師匠でもなく、相棒として、友人として今、隣に座れている気がして僕は嬉しかった。
「その目があればバフ魔法も自由に使いこなせるようになると思う」
「そうだな……鏡越しに映る《
「それは最高だね! さっそくやろうよ!」
急に始まった講義は朝まで続いた。お陰様で僕は覚えきれていなかった4つのバフ魔法を覚えた。これで全てのバフ魔法を習得できた。
そして《
決意を新たに、《神眼》を失った僕はそれと同時に得た《魔眼》と共に25層を後にした。
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