第五十七話 久遠の星

 26層に入って驚いたのは、今までずっと緑色だった葉っぱが赤や黄色に色付いていたことだ。一気に秋らしさが溢れて、妙にノスタルジックな気持ちになる。揺れる葉の隙間から差す木漏れ日もどこか柔らかく、吹く風は少し肌寒い。


「調子は……どう、ですか?」

「良い感じですよ。絶好調と言っても過言じゃないです」

「あの大怪我見た時は肝を冷やしたわよ」


 朝になって起きてきたエレーナとミルルさんは、僕を見るなりわんわん泣き出してビックリした。僕が油断してしまった所為で迷惑を掛けたのだから僕が悪いのだが、どうにもおろおろしてしまって泣き止んでもらうまでが大変だった。


 2人は今もまだ魔力の回復途中だ。一晩休んである程度は回復したので今はこうして先を急いでいる。


 今の所、天使たちの襲撃はない。カテドラルの半分を掌握したことでシエルのハッキングも進み、今はもうマッピング能力も上がって敵の位置も全部見えている。敵のいない場所を選んで進み、罠を解除するのも朝飯前だ。


 お陰でこうしてあっという間にノーダメージでフロアボスの前まで到着することができた。


「それで? 新しい魔法とやらを見せてくれるんでしょう?」

「まぁね」


 押し広げた扉の向こうでは3体の中級天使が音に反応して振り向いた。


 僕がシエルに教わった4つのバフ魔法は水属性魔法『状態異常無効ヒール・シャワー』、次元属性魔法『属性防御力上昇デジョン・シールド』、雷属性魔法『思考加速プラズマ・ブレイン』、そして最後が無属性魔法『魔法効果上昇エンハンス・スペル』だ。


 それらを含めた今までの全てのバフ魔法を同時に発動する為の魔法を《魔眼”解明レゾリューション”》の力で編み出した。


「《星屑機関ゾディアック・エンジン》、起動」


 魔素を集める魔法のお陰で体外から体内へ、そして体外へと抜けて循環する魔素の流れから少しずつ魔素を取り込んみ、体内に蓄積していく。その循環は僕を中心とした幾重もの光る粒子の環を形成する。


 そして発動するのは究極のバフ魔法。


「《久遠の星オービタル・ピリオド》」


 僕から広がるように現れていた幾重もの魔素の環はそれぞれの粒子が繋がれ、完全な光の環となった。それぞれが統合され、出来上がったのは2つの環。それはまるで本物の天使のように頭の上へと自然と移動していった。


 全身から力が溢れる。バフ魔法のお陰だ。しかしそれとは裏腹に頭の中はすっきりしていた。これもバフ魔法のお陰だ。バフ魔法は最高だ。バフをキメれば無敵の人になれるのだ。


 駆けてくる中級天使達。それぞれが手にする大剣は奴等にしたら棒切れのようだ。ブンブンと振り回すその膂力は恐るべきものだろう。それを見て僕はアグレフィエルを鞘に戻した。


「ちょ、ナナヲ! なんで仕舞うのよ!」


 焦るエレーナの声。対する僕は一切の焦りがなかった。今の力を試したかった。


 向かってくる天使の元に歩き出す。振り下ろされる大剣。そのすれ違いざまに僕は天使の手から大剣を奪う。剣を失くした天使は勢いのままに転がり込んでしまう。


「軽いな」


 とはいえちゃんと重みも感じられる。僕を通り過ぎてしまった3体の天使が振り返る。武器を奪われた天使は激昂したように吠えた。


「返ゼェェ!」

「低級よりも知能があるってことか。なるほどね」


 上級天使の指示をこなせて、片言ではあるが人語も話せる。膂力も十分。


 だが、ギニュエルよりも遥かに弱い。


「ガァァアア!」

「ギギィ!」

「グガァァ!!」


 体内を循環する魔力が灯す赤い眼光。《魔眼”解明レゾリューション”》は3体の動きを全て解明し、僕に伝えてくれる。その情報通りに動ける力、それが《久遠の星オービタル・ピリオド》だった。

 剣を奪った時のように、再び天使たちが僕を通り過ぎる。けれどその体に頭は一つもついていなかった。


 奪った剣を地面に突き刺す。小手先の能力も確かめたくて奪ってはみたが、それ程良い剣でもなかった。持っていく理由は一つもないな。


「ビックリしたわよ!」

「どれだけやれるか確かめてみたくてね」

「目の調子はどう? 体は?」

「問題ないよ、大丈夫」

「ナナヲ様、一応これを……」

「ありがとう、ミルルさん」


 駈け寄られ、一気に話し掛けられて慌ててしまう。最終的に僕はミルルさんからもらったエナドリポーションを飲んでいた。


 フロアボスが塞いでいた26層への扉は開かれたが、シエルのハッキング処理を含めた休憩を挟んだ。ハッキングが終わり、25層を掌握したシエルも含めて伸びた休憩時間で食事をし、その後は再び階層を上がり進んだ。



  □   □   □   □



 結局、30層を越えてもギニュエルは姿を現さなかった。フロアボスも変わらず中級天使が務めている。変わったことと言えば中級達の装備が良くなったことだろうか。以前までは良くて継ぎ接ぎ装備って感じだったが、30層のフロアボスはちゃんと防具を身に付けていた。知能もまぁ、小学4年生から5年生に成長したくらいの上昇は感じられた。と言っても多少は頭を使って戦ってるんだなと感じられる程度だ。僕達の前には小手先の工夫など児戯でしかない。


 現在は31層。すっかり秋一色になり、心なしか足元の木もちょっと乾いている感じがする。


「もう半分以上掌握してるけれど、調子はどう?」

「まぁまぁかな。向こうさんも権限を取り戻そうと必死こいてるからちょっと忙しいね」


 3/5も奪われていたらそりゃ焦るか。ちょっと遅すぎる感じもするけど。


「ギニュエルの、敗走が拍車をかけたのかもしれません」

「なりふり構わず襲ってくるかもしれないですね。上級天使もギニュエル1人とは思えないですし」

「魔眼の力で強くなったナナヲの前じゃ雑魚同然かもね」

「いや~、油断は出来ないよ。常に全力で取り組まないと」


 これからは襲撃も増えてくるだろう。しかし進むたびにシエルにハッキングしてもらっていては歩みも遅くなるし、負担は増えるばかりだ。低級も中級も戦闘力は程度が知れている。


 ということで此処からはスピード勝負ということで、僕達は侵攻速度を上げることになった。食料問題もあるし。


 その日はシエルの力も借りて39層まで登ることができた。これから先はどうなるか分からないが、全力で挑むだけだ。



  □   □   □   □



 40層のフロアボスエリアへとやってきた。正面に立つのは人型の天使だ。だがギニュエルとは違う姿だった。


「お前か。ギニュエルに目を奪われた雑魚人間は」

「そうだけど。お前は?」


 不名誉ではあるが事実だ。しかしそれは25層までの話である。


「俺は上級天使ゴディエル! 片目のてめぇなんざ俺一人で十分よ!」

「いや、もう目あるけど」

「なにぃ!?」

「『星屑機関ゾディアック・エンジン』。『久遠の星オービタル・ピリオド』。『墓守戦術グレイブアーツ 五葬ごそう十三釘打じゅうさんくぎうち”』」


 連続で放った高速突きがゴディエルを穴だらけのチーズになるまで穿った。



  □   □   □   □



 41層のボス部屋へとやってきた。正面に立つのは銀色の甲冑を来た中級の群れだ。その奥にはピンク色の甲冑を身に付けた一際大きな人型天使が高笑いをしていた。


「わーはっはっはっは! この私、上級天使ピアニエルのところまでやってこれるかな!?」

「ハッ、ふざけてんの? 余裕ね」

「その強気がどこまで続くかな! はっはっはっは……はぁ!?」


 高笑いをするピアニエルの前に並び立つ中級達がエレーナの魔法で消し飛んだ。驚くピアニエルへと杖を向ける。その先から放たれた石の弾丸は進むにつれて巨大化し、やがて巨岩となりピアニエルを押し潰した。



  □   □   □   □



 42層へとやってきた。


「よく来たな人間よ。我は上級天使コッペリエル。此処を通りたければ我を倒してから進むがいいぃぃやあああああああ!!!!」


 僕達も馬鹿ではないので、此処まで来ればもう40層からはずっと上級天使が名乗りを上げてから戦闘が始まるのだなと理解できていた。


 そしてそれに一々付き合う程、僕達は馬鹿ではない。口上の終わり辺りでシエルが指を鳴らすと天井と床から伸びた枝同士が繋がり、捻じれるように絡みあってコッペリエルを捻じり潰した。



  □   □   □   □


 45層まで来ると紅葉は落ち葉となり、降り積もる。天井に葉は無く、枝同士が絡み合うがその向こうにあるはずの46層は見通せない。


「いつまで上を向いているのかな」

「あ、ごめん。なんだっけ、カタリエルさんだっけ」

「そうだね。カタリエルです。ムカつく人間だ。死んでくれないかな」

「悪いけど死ねないんだ」


 よそ見に苛立ったカタリエルが剣を手に襲ってくる。それを僕の隣に立っていたミルルさんが神聖樹の木剣から放った津波が押し流した。



  □   □   □   □



 48層にはフロアボスが居ないようなので49層へと向かった。どうなっとるんだ。



  □   □   □   □



「ふふふ……お待ちしていましたよ……」


 そして49層には僕の目を入れたギニュエルが《鏡冥剣ネフィリム》を手に僕達を待ち構えていた。

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