第五十五話 隻眼の天使

「貴方の目……とても綺麗ですね」

「お前の目は気持ちが悪いよ」

「くふふふ、その私の失った目になるのです。とても素敵なことですねぇぇ」


 ニタニタと笑うギニュエルが剣を振り上げて襲ってくる。それを僕は受け流すように刃に刃を添える。しかし流しても流してもギニュエルは執拗に僕を狙って猛攻を仕掛けてくる。


「私達もいるのよ!」

「ふっ……!」

「ナナヲ様、下がって!」


 受け流していた剣を今度は力強く弾き返し、ギニュエルがよろけたタイミングで一気に後方へと下がった。その瞬間、ギニュエルへと皆の魔法が飛来する。炎、氷、雷。追撃で風、土、もう一度炎。5属性の魔法に巻き込まれてギニュエルの姿が見えなくなるが、油断なく剣を構えて様子を見る。


「くふふふ……」


 効いてないじゃないか……。煙の中から出てきたギニュエルに変わった様子はない。


「大勢で苛めて楽しそうですね」

「楽しくねぇよ!」

「いえいえ、楽しそうですよ。真似してもいいですか?」

「は……?」

「ギィィァァァアアア!!!」


 尋ねておきながら許諾を得ようともせず、ギニュエルは天井に向かって咆哮する。するとざわざわとした嫌な感覚が首筋を撫でた。此奴は拙い。


「シエル! 安地形成!」

「駄目、此処だけ強力なシールドが……!」

「くふふふ……くははははは!」


 シエルのハッキングを跳ね返す程の強固なシールドは天井の隔離を防いだ。その結果がもたらしたのは、25層全フロア内の天使の集合だった。


 天井の葉を突き破って無数の天使が落ちてくる。手にしている武器は様々だ。刃こぼれした剣、曲がりくねった槍。歪な弓。一見すればゴミのような武具だが、それでも威力だけは強力だ。僕達を取り囲んだ天使たちが一斉にそれらの切っ先を此方に向けた。


「クソ……」

「くふふ、絶体絶命ですねぇぇ」


 ほくそ笑むギニュエルが腹立たしい。低級天使の群れの中には、此処に来るまでに倒してきたフロアボス級の天使もいた。あれとギニュエルを見比べたところ、恐らく中級天使だろう。《神眼”鑑定リアリゼーション”》で確認すると、中級天使と表記されている。フロアボスにはフロアボスと表記されていたから、同一ではないのだと思う。そのままギニュエルを睨む。


『上級天使 個体名《ギニュエル》 固有武器鏡冥剣ネフィリムを装備中』


 一丁前に固有武器なんか持ちやがって。鏡のような刃は伊達ではないらしい。


「くふふふ……くふふふふふ……」

「笑っていられるのも今のうちだ!」


 《星屑機関ゾディアック・エンジン》を起動させ、各種バフ魔法を発動させた僕は腰を落とし、剣を上段に構え、切っ先を眼前の天使たちに向ける。その型から発動させる技は第一の戦術。その一閃は眼前の物全てを断ち切る究極の一撃。


「《勇者戦術ブレイブアーツ 壱ノ断”斜陽”》」


 半円を描くように上段から下段へと剣先を移し、左足を踏み込むのと同時に右下から左上へとまっすぐに一本の線を引いた。その線上にいた天使はもれなく全員が一刀の下、両断された。


 広がった血の海に真っ二つになった天使たちが沈む。それを踏み越え、頬が引き攣ったギニュエルへと肉薄する。天使の群れはシエルたちに任せて問題ないだろう。焦って振り上げた剣は難無く弾かれ、そのまま僕はギニュエルの左手を斬り飛ばした。


「ギィアアアアアアッ!」

「舐めんなよ、おい」


 飛び散る血を見ながら叫ぶギニュエル。ひとしきり暴れた後は膝をついて僕を睨んでいる。あとはこの首を斬り落とせば終わりだ。


「ギィ! ギギ、グギャギギギャ!!」

「はぁ? 人語喋れよ。いや……いいや。どうせこれで終わ……」

「キャア!」

「!?」


 エレーナの悲鳴だ! 慌てて振り向くとぐるりと取り囲んでいた天使たちがエレーナ1人を襲っていた。ある程度は蹴散らしたのだろう。死んだ天使たちの死体を踏み潰しながら散らばっていた中級天使が、まるで人間のパーティーのように徒党を組んでエレーナ1人に狙いを定めて攻撃をしていた。エレーナを庇おうとするシエルやミルルさんは残った低級天使の群れが阻んでいる。


「くふ」

「お前……!!」

「私が知能も知識も捨てて命乞いしていると思っていましたか?」


 天使語は分からないが、此奴の口振りから天使の行動を指示したとみて間違いないだろう。知能の低い低級中級があんなに統率の取れた動きをするはずがないからな。


「くそっ!」


 ギニュエルを無視してエレーナの加勢に向かう。今すぐにでも向かわないとエレーナが殺されてしまう。


 バフ魔法で強化した脚力で一気に加速する。エレーナは魔法で応戦するも、中級天使がその辺の低級天使を盾に使って攻撃が通らない。シエル達はどうなったのかと視線を向けるが、残った全ての低級に囲まれてやはり身動きが取れそうにない。


「あっ」


 その時、天使の死体を踏んでしまったエレーナがよろけた。その瞬間を天使たちは見逃さなかった。


「駄目だ……ッ!!」


 循環し取り込んだ魔力を全て脚力に振った僕は、その勢いのままエレーナを突き飛ばした。

 振り下ろされた剣は届くことはなかった。両手を地面につき、蹴り上げた脚で剣を横から蹴ることで逸らし、ギリギリ僕の真横に剣が叩き付けられる。すぐに姿勢を戻して一気に中級の首を刎ねた。


「ナナヲ!」

「エレーナはギニュエルにとどめを!」

「分かったわ!」


 徒党を組む中級相手に剣を振るう。背後ではエレーナが杖先に魔力を集めているのが感じられる。が、一向に魔法が発動しない。


「ナナヲ、ギニュエルがいないわ!」

「はぁ!?」


 向かってくる中級を前蹴りで転がし、振り返るが確かにギニュエルの姿がない。あの血溜まりに失った左手部分を押さえて座り込んでいたのに。周囲を見渡すが姿は捉えられない。


「くそ、今はいい、シエル達を!」

「チッ……!」


 舌打ち一つ。踵を返したシエルが準備していた爆裂魔法を低級たちに叩き込む。飛び散る低級を横目に起き上がった中級の頭をかち割り、踏みつけ、中級を処理していった。




 その後、低級の処理に向かい無事に全天使を殺し尽くすことができた。だが最後までギニュエルは姿を現さなかった。


「逃げたのかもしれないな」

「此処を放棄したってことは通れるのかしら?」

「なんとかロックを解除してみるね」

「ありがとう、シエル。頼んだ」


 油断なく周囲を見続けるが動く者はひとつもない。天使は皆死に、ギニュエルは逃げ出した。散々ふかしていた割にはあっけなかったな……上級天使といってもあの程度か。


 暫くしてシエルが無事に扉のロックを解除した。ギニュエルが退いたことでシールドが緩くなっていたのだろう。入ってきたのと同じような金属製の扉がゆっくりと開く。


「ギニュエルのことは気になるけれど、これで進めるな」

「死んでないだろうし、また何処かのフロアで邪魔してくるかもしれないね。気を付けよう」

「そうだな」


 皆が歩き出す。僕は最後に周囲を警戒してから最後尾をついていく。すると前を歩いていたエレーナが振り返った。もじもじしてなんだか妙にしおらしいが。


「あの、ナナヲ」


 僕と床を交互に見ながら名前を呼ぶ。体の前で組んだ手は指対指のマウント合戦が止まらない。


「うん?」

「えっと……ありがとうね。助けてくれて」

「いや、別にそれくらい。パーティーだし」

「……ん」


 なんだそのことか……いや、あれは誰だってああいう行動するだろう。僕はそれが出来たし、やった。それだけだ。勿論、僕が危なくなったらエレーナに助けてもらうつもりだ。多分魔法が飛んでくるとは思うが、その時はできるだけ怪我のないようにお願いしたい。

 うん、まぁ、無事で良かった。普段気の強いエレーナの可愛い場面も見れたし良かっただろう。振り返ったエレーナの笑顔が当社比3割増しで可愛く見える。まぁ多分今だけだと思うが。


 そんなエレーナの笑顔が急に引き攣った。


「……危ない!!」

「えっ」


 エレーナが手を伸ばすがそれは僕には届かなくて、僕の視界は上から落ちてきた何かに塗り潰された。ブツリとテレビの電源を切ったかのように、視界の半分が暗くなる。


「くふ、くふふ、くははははは! 油断しましたねぇ!」


 天井から奇襲を仕掛けてきた天使……ギニュエルが真っ赤な右手で何かを摘まんで高笑いしている。その手にある物が、僕の右目だと気付いた途端、気が狂う程の痛みが僕の意識を支配した。


「ぐぅぅぅううぅぁぁあああああ!!!」

「ナナヲ様!!」


 油断した油断した油断した油断した油断した油断したでもそれ以上に痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


「約束通り貰いましたよ……貴方の《神眼》」


 勝手に溢れ出す涙で歪んだ視界でギニュエルを睨む。脳が跳ねるような痛みで口が戦慄く。


「主に入れて貰わなければ……くふふふふ……」

「ま、待て……ぇ」


 僕の左目を奪ったギニュエルは天井へとジャンプして逃げる。それを負う力は僕にはなかった。


「ナナヲ、ナナヲ!」

「ナナヲ様……っ!」


 号泣するエレーナとミルルさんが僕のもとに駆け寄ってくるが、溢れ出す血を押さえることで必死な僕は残念ながら反応ができなかった。


「一旦退こう! ミルルちゃんはナナヲ様の治療。エレーナちゃんは周囲を警戒して。私は25層を完全掌握する。それが完了したらフロアの一部を切り離して治療に専念するよ」

「はい……!」

「分かりましたっ」


 手早く指示を出したシエルが叩き込むようにホログラムキーボードを操作し始める。僕を横に寝かせたミルルさんはすぐにポーションを僕の手ごと掛け、取り出したもう1本を僕に飲ませた。あれだけ創意工夫を繰り返したポーションは血の味がした。


「ナナヲ様、ちょっと待っててね。すぐに助けるから。ミルルちゃん、昏睡魔法」

「あ、あぁ……ぐぅっ……!」


 辛うじて応答した僕は其処から先の記憶がなかった。ミルルさんの昏睡魔法とやらで意識を失ったのだろう。お陰で痛みもなく、意識を手放すことができた。

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