第五十三話 墓守と勇者の力

 苦しそうなエレーナの後ろ姿を見送り、僕は隣に座るシエルの作業へと視線を移した。普段は瞑想のような形でハッキング作業をしているシエルだが、今は視覚化させて作業をしていたエレーナ同様、とはいってもエレーナよりは少ないが、いつもより多く食べたから食後の運動の意味も兼ねているのだろう。


 ホログラムキーボードを叩きながらウィンドウを睨むシエル。そのウィンドウには4つの青い点が点滅していた。3つは同じ場所に集まっているが、1つは少し離れている。


「これって僕達?」

「そ。この周辺を調査してるの」


 寝転ぶように移動して肘をつき、シエルの腰元からウィンドウを見上げる。なるほど、これがここら一帯のマッピングか。端っこには全体マップも表示されている。其処には赤い点が幾つか点滅しながら移動していた。これが天使だろう。


 ジーっと天使達の動向を見ていると、おかしなことがあった。シエルが表示しているマップには複数の部屋と、それを通路が繋いでいる。だが天使はそういった隔たりを全部無視して自由に動いていた。


「これってどういうこと?」

「天使はダンジョン内を自由に行き来できるってことだね。ほら、天井は葉っぱで覆われてるから普通は気付かないけれど、葉っぱの中に壁はないんだよ」

「部屋と通路の壁は葉っぱまでの高さしかないってことか」

「そう。階層という一フロアの屋根裏を自由に移動して、天井を突き破って出現してることになるかな」

「これが奇襲のからくりか……」


 そりゃあ幾らでも襲ってこれる訳だ。唯一ありがたかった情報は、天使も徒歩で移動してることくらいか。


「さて此処からナナヲ様に問題です」

「よしきた」

「天井裏を移動する天使の奇襲を防ぐにはどうしたらいいでしょーか?」

「ふむ……」


 葉っぱの裏から襲ってくる天使。気配を感知するのは難しい。顔を出したところを攻撃することは可能だが、そもそもそれを防げるのなら最高だ。そしてその手段……。うーん……。


「ヒントちょうだいよ」

「部屋は通路で区切られてるけれど、屋根裏は区切られてない」

「んー……」


 そうなんだよな。これだけ自由に動けたら防げないんだよな……。部屋を塞いで、天井も塞げれば……ん? 天井も……天井裏も区切れば、奇襲も防げる?


「いや、でもなぁ」

「分かった感じ?」

「分かったけど、分からない感じ。天井も部屋みたいに区切ればいけるかなって」

「おぉ~正解」

「でも手段が分からない」

「ふふん」


 ピッとシエルが人差し指を立てる。


「フロアボスを倒したことでその階層以下は完全に掌握してるの。つまり私の支配下ね」

「ハッキング作業してたのは?」

「それ込みで掌握って感じかな。フロアボスが倒されて支配力が弱まったところを、カタコンベが喰うの」


 あぁ~、カテドラルとカタコンベはお互いを喰い合うダンジョンだものな。此処はカテドラル内だし見た目もカテドラルだが、今いるこのフロアを含めた下層は深淵古城の一部と化しているのか。


「今日、この階層のボスも倒したから此処は今、カタコンベなの。であれば、ハッキングの域を越えた改変ができるよね。何故なら私は迷宮主だから」

「仕組みは理解できた。やり方としてはどうするの?」

「単純だよ。部屋の高さを変えるだけ」


 なるほど、この部屋の壁を伸ばすのか。天井を突き破って上の階層の床下まで伸ばせば上からの奇襲はシャットダウンできるだろう。


「でも漸くこれが出来るってくらいにカテドラルの支配力はまだまだ強いよ。さっきも言ったけれど、単純な改変しかまだ出来ないの」

「フロアボスを倒してハッキング処理をして支配区域をどんどん増やせば」

「もっと大規模な改変も可能になるかもねっ」

「そりゃ凄い!」

「まぁ今は壁の高さを維持するだけで精一杯かな。でもあと2層も上がれば出入口を塞げるようになると思うから、今夜と明日だけはナナヲ様、頑張ってねっ」


 相棒に頑張れと言われたらそりゃあもう頑張るしかない。エレーナは食べ過ぎで暫くは駄目そうだし、此処は僕が一肌脱ぐとしよう。



  □   □   □   □



 現在、野営をしているフロアの出入口は1つである。一番奥の行き止まりフロアとなる。普通に探索していれば用の無い部屋だし、普通に野営をするとなれば逃げ場もなく危険なエリアとなる。


 だがシエル式ハッキングによってずっと悩まされていた天井からの奇襲は防がれた。天使の常套手段を封じたことで気にすべき場所はたった一つの出入口のみとなる。ただ疑問は残る。


 果たして奇襲を封じられた天使はどういう手段で襲ってくるのか。


 そもそも奇襲をするという手段を選ぶ理由は何だろう?


 狩人気質なのか。身体的に弱いからか。天使特有のものなのか。それ以外の手段を知らないのか。


 その疑問は数時間後、解明される。


「ん……」


 最初は人かと思った。どこぞの冒険者がやってきたのかなと思い、それでも警戒しながら立ち上がる。右手は腰に下げた剣の柄に触れている。


「誰だ。何か用か?」

「……」


 しかし来訪者は……いや、よく見れば複数の人影が見える……来訪者たちは言葉を発さずに此方へと向かってきた。姿勢を低くし、駆けだした来訪者たちの手には歪な形をした剣が握られていた。


「チィッ……!」


 《星屑機関ゾディアック・エンジン》を起動させ、各種バフ魔法を並列で発動させた僕は星天剣アグレフィエルを引き抜き、振り下ろされた剣を弾く。


 其処で漸く僕は襲ってきた相手が天使だと気付いた。焚火に照らされた獣面が憎々し気に歪む。


「お前ら剣も使えるのかよ……っ!」


 弓しか脳がないと思っていたが、案外そうでもないらしい。振り下ろされた剣も意外に重く、身体的に弱いという線は消えた。天使特有の線もないだろう。狩人気質でもないらしい。奇襲で仕留められるから弓を使っていただけに過ぎなかった。


「シエルと話しといて正解だったな」


 出入口は塞げない。となれば警戒するのは当然だった。いや、別に、天井から来ねーから安全だぜー! なんて思考回路も持ち合わせてないが。


 さて、気を取り直して……此処は一肌脱いだ僕が頑張る場面だ。《墓守戦術グレイブアーツ》、及び《勇者戦術ブレイブアーツ》の成長の糧になってもらうとしよう。


「来なよ。よろしく頼むよ」

「ギェエエ!」


 剣を手に駈け出そうとする瞬間を狙って一気に距離を詰め、剣を振り下ろす。バフ魔法と掛け合わせ、以前よりも倍速のダッシュ斬りとなった《墓守戦術グレイブアーツ 一葬”骨喰み”》だ。しかし運悪く、いや、運良くギリギリで剣を掲げた天使に防がれた。それを抑え込むように上から体重を掛ける。膂力もバフ魔法で底上げされたからか、天使は耐え切れず両膝を折った。


「ギ、ギィ……!」

「くぅ……っ!」

「ギギャギャ!!」

「ッ!」


 しかし横から助けに入った天使に邪魔をされた。後方へと宙返りし、距離をあけて再びの対峙だ。今ので僕をある程度危険だと思ったのか、今度は全員で襲うらしい。全部で4匹の天使が僕を睨んでいる。


「でも多対一は訓練済みなんだよね」

「グギィ……ギィィィッ!」


 天使語で吠えた奴から駈け出し、それに続く天使たち。こういう時に使える戦術がある。防御の構えで待ち、ジッと《神眼”鑑定(リアリゼーション)”》でタイミングを伺う。狙うは剣が振り下ろされた瞬間だ。


「グギャァ!!」

「《勇者戦術ブレイブアーツ 肆ノしのたち夕陽せきよう”》」


 受けた剣に剣を絡め、奪う。天使の剣は勢いのまま僕の後方に回転しながら飛んでいき、剣に引っ張られた天使は無様にその場で宙を舞った。そのまま返す刀で一刀に伏す。

 連続攻撃は止まらない。臓物をぶち撒けた天使の死骸に戸惑う天使たち。僕から一番近い天使へと接近する。


「《墓守戦術グレイブアーツ 二葬にそう昇天堕しょうてんおとし”》」


 昇天堕としは斬り掛かり、その勢いのまま回し蹴りで蹴り上げ、後を追うようにジャンプし、更に斬りつける連続技だ。剣を持つ腕を断ち、顎を蹴り上げ、袈裟斬りにして地面に叩き付ける。剣の勢いを回転エネルギーとして留めながら動くのコツだ。蹴りで一度、力が途切れるのが難しいところだ。斬りと蹴り上げ、ジャンプと斬り捨ては別の動きと認識した方がやりやすかった。いつか全ての動きを連動させることができれば、この技も化けるだろう。


 叩き付けられた天使はもう一匹の天使と激突する。重みと勢いに耐え切れず転がった天使の首に剣を突き刺し、引き抜く。残るはあと一匹。


「ギ……」

「……」


 逃げ出すんじゃないかと思ったが、勇敢にも僕へ向けて剣を構えた。歪な形をした剣は恐らく片刃だろう。形状は曲刀だ。しかし刃こぼれが酷い。手入れなんて知りもしないのだろう。


 天使の赤い目が揺れる。恨みか恐怖か……先に仕掛けたのは僕だった。単純な突進からの振り下ろし。だが今ではそれも必殺の一撃になりえる程に成長した。敢えて防がれる速度での剣撃に天使の足がぐらつく。


 侮っている訳ではない。粋がっている訳でもない。ただ、自分がどれだけやれるか。何処までやってこられたか。それを確かめるように剣を振るう。


 数度の剣のやり取りの末、自分の位置を確かめることができた。流石にフィンギーさん程の位置までは行けてはいないが、それなりの場所までやってきた。そんな気がする。


「《墓守戦術グレイブアーツ 四葬よんそう獄卒塔婆ごくそつとうば”》」


 《星屑機関》の影響範囲を剣まで伸ばし、魔素を込めた剣を地面に突き立てる。この戦術は魔法に近い。魔法が使えない僕ではあるが、墓守だからギリギリ使える遠距離攻撃・・・・・だ。


 今までのは体術を織り交ぜた剣術だったが、この獄卒塔婆は剣を媒介にするが、剣は使わない。魔術と言うべきか。


 天使の足元から何本もの塔婆が柵状に出現する。身動きが取れなくなった天使が呻く。その天使の足元から勢いよく出現した無数の折れた槍や壊れた剣がその身を貫いた。


「ガッ……グ、ゥ」

「ふぅ……」


 突き立てていた剣を抜くと同時に出現していた塔婆や槍等が塵となって消えていく。残ったのは全身を貫かれてボロボロになって死んでる天使だけだった。


 なんでもこの技は墓守だから使えるのだとかなんだとか。墓を守り続けた結果、心を通わせたアンデッド達の力を借りるのだとかなんだとか。


「ちょっと和風テイストがあるのは僕が放ったからかな……まぁいいや」


 気にしても仕方ないので気にしない。無事に天使たちを始末できたことを今は誇るとしよう。《墓守》の力、《勇者》の力。それぞれを上手く組み合わせて戦えたことで自信に繋がった。


「さて……少し休むか」


 剣を鞘に仕舞い、焚火の傍に座る。そして隠していた鶏肉の串を1本、焼き始めた。


 結局のその夜はシエルと交代するまで天使は来ず、交代した後も天使は来なかった。天井からの奇襲がなくなったことで此処まで精神的余裕が出てくるとは……シエルには感謝しかないな、本当に。

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