第五十二話 迷宮食事
坂道を登り、奇襲を潰し、夜になる。野営の準備をして夕飯を作り、見張りを立てて警戒し、襲撃があれば適宜これを迎撃する。
言葉にすればそれだけなのだが、それが続くのが非常に厳しかった。
カテドラルに入ってから1週間が経過した。これまで登った層は4層になる。各層にはフロアボスと呼ばれる守護者のようなモンスターが居て、これを倒すことで開く扉が層の分かれ目だ。カタコンベにはなかったシステムで多少戸惑いはあったが、日本で嗜んだゲームにはよくあるシステムだった。
ただ少し嫌だったのがフロアボスである天使が、より獣人に近かったことだ。今まで遭遇してきたような獣の天使ではなく、獣人の天使と表現しても許されるような、そんな見た目に強い嫌悪感を覚えた。まるでモンスターが獣人を乗っ取ろうとしているかのような、そんなことを考えてしまった。
気持ちの悪さを拭えないまま、僕達は5層へやってきた。其処に広がっていたのは崩壊した町の残骸だった。
「これは……?」
「ザルクヘイム王国の残骸だね。神世樹の成長に巻き込まれて此処まで持ってこられたんだよ」
事も無げに言うシエルだが、とんでもない事だ。木が国を持ち上げただなんて、素直に受け止めるのは難しい。廃屋を覗いてみると、散らかってはいるがかつての生活の残り香のようなものを感じて、漸く現実なのだと納得できた。
「これから先、こういうのいっぱいあると思うよ」
「まぁ探索者が調べ尽くしてるだろうから無視でいいか」
「ですが……天使の奇襲には、最適の地形です」
「注意だけは怠らないようにしなきゃいけないわね……」
とりあえずの方針をすぐに立てる。こういう時、迷わなくなったのも成長の証かもしれないな。
建物の残骸は此処まで来た探索者達が片付けたのか、ある程度は道の端にまとまっている。それでも多少の散らかりがあるのは天使の仕業だろうか?
周囲を警戒しながら進む。葉に覆われた天井からの襲撃が基本だったのが、今度は物陰も気にしなきゃいけなくなったのがきつい。
「食料とかないかな」
「あればいいけど、あっても怖い」
「確かに……」
いつ誰が用意した物か分からん食料を口にする勇気なんてなかった。
結局僕達は自分で用意した食料を消費し、その日は4つの階層を突破した。少しずつシエルのハッキングも進み、攻略スピードも上がってきている。出来ることと言えば、奇襲の予測とトラップの解除と簡素ではあるがマッピングだ。でもこれだけ出来れば上等で、久しぶりに迷わず進むことが出来たお陰で身体的にも精神的にも楽になった。
僕も戦闘を繰り返すことで勇者戦術を上達することができた。型を真似るだけだった以前に比べれば、今ではちゃんと実用できる段階までこられた。要所要所での戦術の選択はまだちょっと難しいけれど。
これでカテドラルに来て合計8層を突破したことになる。先はまだまだ長い。
□ □ □ □
夜になってきたので慣れつつある夕食の準備を始めた。今日の料理は鶏肉の串焼きと野菜スープとパンだ。必要以上に食料は用意してきたのである程度の余裕はあるし、今日はいっぱい階層登れたのでご褒美だ。
太い薪を取り出し、空気の通路が出来るように組み上げて小枝を握る。
「シエルー」
「はーい」
組み立て途中のテント方面から小さな炎の弾丸が小枝の先端をヂッと音を立てて掠め、その向こうの地面を焦がした。シエルのお陰で火が付いた小枝に木の繊維を添えてそっと息を吹きかける。すると白い煙がゆっくりと立ち昇り、やがて繊維に火が移った。
あとはそれを絶やさないようにそっと薪の上に置き、小枝を少しずつ足していく。繊維に灯った火が小枝に移り、更に火が大きくなる。それが薪に移れば焚火の完成だ。
「何を作るにも火が無いと始まらないな」
スープ用の鍋に水を入れて焚火の上に置き、まな板の上の胸肉を切り分けて串に刺しながら鍋に押し潰された火を見る。こんな木造ダンジョンで火を付けて怒られないかと不安だったが、探索者が魔法を使っている時点で気遣いは無用だった。この巨大樹は燃えないのだ。そりゃそうだ。木のダンジョンだ! 駆除するぞ! オラ、燃やせ―! なんてのは一番最初に考えることだろう。こうして今も立派に生えているということは、そんな道は既に通ってきたということになる。
そんなことを考えている間に肉串の準備が終わった。これを焼くのは最後なので一旦休憩してもらう。
「さて、鍋の方は……うん、沸いてる沸いてる」
蓋を取ると熱気に混じって湿気も舞い上がる。ぐらぐらと煮えた湯に、まずは根菜を投入する。どんな世界でも芋は優秀だ。煮て良し焼いて良し揚げて良し。今日のところは煮えてもらおう。
それから肉串を焚火から少し離れた所に突き立てた。直火で焼かず、遠赤外線でじっくりと火を通すのが旨さの秘訣である。もちろん、皮から焼くに決まっているのだ。
ジリジリと日焼けしていく鶏肉から滴る油が串を濡らす様はもはや淫靡だ。食べる時にべたべたするとか考えない。それは食べてから考えればいいのだ。
此方の鶏肉、味付けは塩である。焼き鳥は塩派。塩が好きで良かった。タレが好きだったら向こうの世界の焼き鳥に未練が残っただろう。
蓋を取って少しの塩を鍋に撒き、薪を足して蓋を戻す。
「良い匂いね~」
「もうちょっと待っててね」
「はぁ~、もうあんたの料理にハマっちゃったわね……誠に遺憾ながらね」
「嫌なら食うな」
「食うわよ。食わせなさいよ」
匂いに釣られてちょっかいを出しに来たエレーナを追い返そうとするが帰る様子はない。テントを組み立てろと言おうと思い、テントを見ると既に組み立ては終わっているようでミルルさんとシエルが寝転がって楽しそうに笑っていた。
「仲間外れにされたからって僕の邪魔しないでよね」
「別に仲間外れになんてされてないわよ! ふざけんじゃないわよ!」
「そんなキレられたらガチ感出てて悲しくなってくるからやめろよ……」
「うっさいわね!!」
ふん! と鼻息荒くエレーナはテントへと帰っていく。なんだ、勝手に僻んでキレられただけか? 僕。悲し過ぎるだろ。
気を取り直して芋の様子を見ると、だいぶ火が通ってきたようなので葉野菜も投入していく。鶏肉はくるりと裏返して身の方もジリジリと焼く。皮7割身3割で焼くのが旨さの秘訣だ。
最後に取り出したパンをスライスし、焚火の傍に並べる。
あとはもう待つだけだ。どちらも焦げないように、ゆっくりと眺めながら待つ。この時間が存外悪くなかった。
「ふぅ……お腹いっぱいね……」
「あんなに……お代わりするとは、思わなかった」
「しょうがないじゃない。……美味しいんだもの」
「それは、そう」
食後、座るのも辛そうなエレーナの姿にミルルさんが苦笑していた。シエルは食べ終わった串を噛みながらハッキング作業を再開していた。
料理はとても好評だった。勿論それは当然だ。
綺麗に焼かれた鶏肉はこの世のものとは思えない程の料理へと昇華される。パリパリの皮はしかし、噛めばぷつりと綺麗に千切れる。ぷりぷりの身をがぶり噛めば溢れる鶏油が口の中で溢れ出す。一見油まみれなのにしつこさを感じさせないのは遠赤外線で焼いたことと、垂れ落ちた分の油のお陰だ。これによって適度な油分が身の中に納まり、旨さへと変わった。多分。
そして野菜の旨味がしっかり引き出されたスープはただ汁ものとして優秀なだけじゃなく、素材自体の味も良い。食感も楽しめるようにざく切りにしたのは正解だった。程よい野菜本来の甘味が噛むたびに口内に広がり、幸福満足度はどんどんと跳ねあがっていく。根菜と葉野菜の旨味が溶けだしたスープ自体も実に旨い。優しい味が先程の鶏の油を洗い流してくれる。
此処で最後に温めたパンが鶏肉とスープという食事をがらりと違うものに変えてしまう。こんがりと焼かれた小麦の香りは散々食べた鶏と野菜で満たされた胃に隙間を与えてくれる。もう食べられないと思っていたはずなのに、千切ったパンを噛めばふわりと香ばしい味が鼻孔を突き抜ける。そのまま食べても良い。鶏をサンドして食べても良い。スープに浸して食べても良い。
こうして一通り食べ終わたらお腹はもういっぱいだ。なのに、もう一度食べたくなる。そうさせる魔力が食事にはあるのだ。
そして出来上がったのが此方、食い倒れエレーナです。
「ちょっと横になるわね……」
「吐くなよ」
「吐かないわよ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます