第五十話 思わぬ再会

 木箱を指輪に仕舞いこみ、倉庫を出る頃には日もすっかり建物よりも昇り、明るく町を照らしている。伸びた影は石畳の凹凸をぼかしたようになだらかにした。照りつける太陽を背に、僕は第770番墓地へと向かっていた。町はすっかり活気に溢れ、僕が来た頃とはまったく逆の雰囲気だった。客を呼び込む商店の人の声や、行き交う行商人。木陰で会話する墓守の姿も見えた。今までなら、彼処には僕が倒れ込んでいただろう。


「良い町になったなぁ」

「あんたのお陰ね」

「わっ!」


 急に後ろから声を掛けられて驚いた。振り向くと其処にはエレーナがニコニコ顔で立っていた。


「急に声掛けないでよ……びっくりした」

「あんたがふらふら歩いてるのが悪いのよ」


 別にそんなことはないのだが、町の様子に気を取られていたといえば、そう捉えられてもおかしくないくらい、穏やかな気分ではいた。


「これから攻め込むってのに、まったく」

「これくらいでいいんだよ、僕は」

「まぁ、あんたは緩いくらいがいいかもね……ていうか、どんだけ訓練したのよ。酷い隈よ?」

「う……会う人みんなに言われるなぁ」


 でもそれだけ努力した……ということにしておこう。


 エレーナと合流した僕は2人並んで町を歩く。特に会話らしい会話もなかったが、不思議と居心地は悪くなかった。これもダンジョンを通して深めてきた仲のお陰だろうか。エレーナの横顔を盗み見たが、特に何も考えて無さそうな顔をしていた。うん、まぁ、大丈夫そうだ。


 少し歩いたところで第770番墓地が見えてきた。入口には既にシエルが立っており、その隣にはミルルさんも到着していた。


「遅くなってごめん」

「いえ……全然待ってないです」

「じゃあいこっか」

「いよいよカテドラルね……流石に緊張してきたわ」


 ギュッと杖を握るエレーナだが、僕は意外にも落ち着いていた。フィンギーさんが遺してくれた《勇者戦術》も一応は使えるようになったし、これさえ終われば悠々自適な墓守ライフが待っているのだ。逆に気合いの方が入ってきたくらいだ。やる気は満々。隈は酷いがいっぱい寝た。


 腰に斜めに佩いた遺剣アグレフィエルの柄に触れる。不思議と落ち着くのは何故だろう。左右の剣帯に括った短剣達も、今では戦友だ。刃物に心強さを感じる日が来るとは思わなかった。


「剣ばっかり提げて……」

「どれもこれも大事な戦友なのさ」

「確かにそうね。今までどんな強敵も、それに合った剣で戦ってたっけ」


 初めての強敵、その辺のスケルトンは協会から支給された普通の剣だった。その次はレッドスケルトン。パニックになりながら蒸留聖水ぶちまけたっけ。それからシエルに出会って……エルダーリッチーと戦った。あの時はブラヴァドのお陰でギリギリ勝てた。

 遂に潜った墓地の地下。その先の廃教会でもブラヴァドのお世話になっていたっけ。そして其処で拾った緋水剣レヴィアタンのお陰でフィンギーさんとも少しはやり合えた。


 スケルトン、ゾンビ、レイス、リッチー、ノーライフキング……見事にアンデッドばかりだ。お陰で《墓守戦術グレイブアーツ》は見事に刺さっていたが、腐毒剣や灰火剣といった属性剣はあまり役に立たなかった。

 でもこれから戦う相手は天使だ。きっと腐るし、燃える。腐らなくても燃えなくても今はアグレフィエルがある。此奴の切れ味と頑強さは実際に戦ったので理解しているつもりだ。きっと頼ることになるだろう。


 いよいよカテドラル。僕達は様々な感情を心に秘め、最後のダンジョンへと出発した。



  □   □   □   □



 地下墓地へと入り、シエルの迷宮主特権で一気にカタコンベ入口へと転移する。流石にザルクヘイムのエントランスからは離れた場所でないと探索者に出くわして問い詰められてしまうとのことで、少し歩くことになった。


 道中、モンスターは普通に出現している。でないと他の探索者の生活費が稼げないからだ。この辺りもかなり調整はしていた。今やカタコンベの主となったシエルではあるが、何の対策もしないままだと深淵古城にて迷宮核を砕かれ、死ぬことになる。


 それは流石に拙いので、まず最初にやったのはカタコンベのガワ・・だけ残して全ての機能を地下墓地へと移設した。古城へとやってきてももぬけの殻……というのはあまりにも味気ないので、偽物の迷宮核と古城の宝物庫から引っ張り出した適当な宝を置いておいた。勿論、有用な物は回収済みである。


 あとはモンスターの出現率を少し調整し、戦闘設定をオートにしてある。目についた人間全部に襲い掛かるモードだ。これでシエルが相手だろうと襲い掛かってくるので、迷宮主だとバレることもなくなった。


 そうして迷宮主だけが存在しないカタコンベが出来上がった。今日も今日とて探索者は生活費と名誉の為に地下へと潜り続けている。 


 エントランスへとやってきた僕達はそのままカテドラルへと向かう。入口はカタコンベのちょうど反対側にあって、木で出来たトンネルを抜けた先だ。振り返ると洞窟状のカコタンベの入口がぽっかりと大きな口を開けていた。この洞窟に何人が挑み、何人が死んだのだろう……。僕とシエルが設定したモンスターがこれからも探索者を攻撃すると思うと微妙な感情になる。


 嫌な感情を心の内に隠し、カテドラルへ向かいながら周囲を見てみると、以前も見た遺体運搬馬車が見えた。お陰様でグラスタは蒸留聖水の効果で盛り上がり、良い町のような姿にはなったが、実は今も探索者の遺体は毎日運ばれてくる。良いような雰囲気に見えたところで人の死は消えない。

 ただ、同時に聖天教のポーションの効果も上がったことで死者は減りつつある。まだ若干だが値が張る所為で全ての探索者に行き渡るのは難しいが、それも時間の問題だろう。


 そうして行き渡らなかった探索者はこうしてカテドラル、或いはカタコンベで命を散らし、グラスタへと運ばれてくるのだ。それを僕は良いとも思わないし、悪いとも思わない。全て、自己責任なのだから。


 今もほら、カテドラルから誰かが出てくる。大きな犬系の獣人を肩に担ぎ、引き摺るように出てきた女性は……。


「……えっ」

「ナナヲ様?」


 気付いた時には僕は走り出していた。走りながら『収納指輪』から取り出した回復用のポーションを握り締める。


「誰か……!」

「インテグラ!」

「えっ、貴方……ナナヲ!?」


 このコンビを忘れる訳がなかった。初めてグラスタに来た時に出会った探索者だ。僕の中では最初の友人だと思っている。


「インテグラ、アスラの容態は!?」

「あ、い、生きてるけど……血が止まらないの……!」

「よし、ゆっくり横にして」


 インテグラの反対側に周り、アスラを支えながらゆっくりと寝かせる。見れば頑丈な鎧が砕けて脇腹に大きな穴が開いていた。槍傷だろうか……酷い。


 親指でポーションのコルク栓押し開け、中身を患部に掛ける。じゅうぅぅという音と共に白い煙が細く立ち昇る。回復している証だ。まだアスラは死んじゃいない。


「ナナヲ様!」

「シエル、皆」

「急に走るからビックリしたわよ! ……酷い傷ね」

「ごめん、知り合いなんだ。助けたい」

「代わります……!」


 立ち上がり、ミルルさんに場所を譲る。ミルルさんは杖を取り出し、回復魔法を使い始める。するとアスラの傷がポーションとは比べ物にならない速度で回復していくのが見えた。これで一先ずは安心だろう。


「はぁ……良かった……」

「一安心だね……」


 ぽろぽろと涙を零すインテグラの隣に腰を下ろす。出会った頃から結構経ったが、傷も増えているように見える。あれからずっとザルクヘイムに挑んでいたのだろう。そしてたまたま今日、運が悪く、そして運が良かったのだ。


「聖天教の聖女代理だから安心して任せられるよ」

「凄い人なのね……ていうか何で此処に? 貴方、墓守だったんじゃ……」

「まぁ、色々あってさ……これからカテドラルに」


 どんな反応がくるのかとヒヤヒヤしながらそっと隣を見ると、信じられないといった顔で固まってるインテグラが居た。


「あ、貴方……気は確かなの……?」

「正気だけど……」

「貴方は何も分かってない!!」


 その怒声に、僕だけではなくエントランス全員が口を閉じた。それだけの感情が詰まっていた。


「カテドラルがどんな場所か分かってない! A級探索者の私達ですらこうなってる・・・・・・。聖女代理が居るからって、気楽に行く場所じゃないの……!」


 悲痛さがひしひしと伝わってくる。《神眼”鑑定リアリゼーション”》が見せるインテグラの強さは確かに本物だった。だからこそその言葉の重みが圧し掛かってくるが、それに反論したのはエレーナだった。


「聞き捨てならないわね。A級如きに説教される程、私達は弱くはないわ」

「何よ……貴方には余裕ってこと?」

「えぇ、余裕ね。どれだけの天使が来ようと全て焼き尽くしてみせるわ!」

「そんなこと……っ」


 確かにエレーナならそれが可能だろう。だが初対面のインテグラにそれが理解できるはずもなく、アスラが致命傷を負ったという現実から、一歩も引くことなくインテグラを睨みつけた。


「ちょっと、2人共……」

「その辺にしておけ……ぐぅっ」

「アスラ!」


 流石に拙いと思い、仲裁しようと立ち上がったところでアスラが目を覚ました。いまだ全快とはいかないまでも、会話は可能な状態にまでは回復できたらしい。


「ナナヲ、すまん……まさかお前に助けられるとはな」

「無事で良かった。もう少しすれば全快するから」


 アスラが頷くのを見て、僕はミルルさんの肩に手を置く。


「ナナヲ様……?」

「魔力は僕が補填します」

「……っ」


 これは最近発見したことなのだが、僕は外部から魔素を吸収することで魔法を発動させている所為か、魔力を他人に譲渡することが出来るらしい。地下墓地で僕の訓練とハッキングを同時に行って疲れたシエルの肩を、たまたま《星屑機関ゾディアック・エンジン》を発動したまま揉んであげていたら偶然発見した。

 まぁ、人の体を通してでないと放出は出来ないようなので結局、体外に放つ攻撃魔法は使えないのだが……。


 ミルルさんに魔力を譲渡したお陰で、魔法の効果は増していた。あっという間に、アスラは傷も癒えて元通りとなった。鎧は直らないので少し不格好ではあるが。


「ありがとう」

「いえ……怪我人を助けるのも、使命の一つなので」


 低く響く声色が懐かしい。初めて会った時は怖かったけれど、今はそれが落ち着く。


「ナナヲ、俺がこうなったのは天使の奇襲を受けたからだ」

「うん」

「あんな様を見せておいて言えることでもないが、一応俺もインテグラもA級の探索者だ。迷宮に入るのに階級なんざ関係ないが、それでも天使相手に戦える程度の実力はあると思っていた。それが、これだ。何が言いたいかは、分かるよな?」

「大丈夫だよ。ちゃんと理解してる」


 ジッとアスラの目を見ながら答えた。逸らす後ろめたさは何もない。此処に来るまでにちゃんと準備はしてきた。


「なら、俺が言うことは何もないな」

「アスラ!」

「よく見ろ、インテグラ。俺達が初めて会った時の、ひょろひょろのナナヲは何処にも居ない。此処に居るのは、立派な探索者だよ」

「……っ」


 そう見えるかな……そう見えるといいな。


「奇襲だけには気を付けろよ。奴等、視界の外からの攻撃が得意だ」

「分かった、ありがとう」

「俺達は一旦、グラスタに行く。あの町も発展したそうだし、装備の補修も出来そうだしな」


 確かに今のグラスタなら探索者達の支援も可能だろう。ポーションだけじゃなく、武具防具面でも、最近は活気がある。


「ナナヲ……本当に気を付けてね。奴等は狡猾よ」

「うん。ありがとう、インテグラ」

「グラスタで待ってるからな」

「アスラも無理しないでね」


 2人とギュッと握手を交わす。戦いの後でまた会うという約束ができた。これは気合いを入れていかないとな。


 顔を上げるとカテドラルの入口はすぐ目の前だった。さぁ、そろそろ行くとしよう。

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