第四十九話 勇者戦術

「ナナヲ様はズルって好き? 嫌い?」

「え、微妙」

「好きか嫌いかで聞いてるんだけど」


 唐突にそんなことを言われたのはカタコンベから戻ってきて2日目の管理小屋のリビングで朝食を食べている時だった。僕は口に運ぼうとしていたスクランブルエッグを皿に戻し、フォークを置いて腕を組む。


 ズルか……これに関しては本当に微妙なところだ。好きでも嫌いでもないというのが本音だったりもするが、好きな時もあるし、嫌いな時もある。時と場合によるとしか言えない。


 例えばこの目だってズルの塊だ。


 《神眼”鑑定(リアリゼーション)”》。注視したものの情報を入手する目。思えば今まであんまり使ってこなかったのは心のどこかでズルを嫌悪していたからかもしれない。でも実際自分の身が危なくなったり、よく分からないものを目の前にした時は平気で使い倒しているから声を大にして嫌いですとも言えない。結局僕は都合の良い奴なのだ。


「使えるもんは使うしかないんじゃない?」

「あー、まぁそうだよね……」

「どうかしたの? 急に」

「まぁちょっと。ナナヲ様こっち来て」

「ん」


 微妙な顔をしながら手招きするシエルの傍に立つと、僕の頭に手を置かれた。


「そんな年でもないんだけど」

「ちょっとズキッとするよ」

「え? ……ぐぅぅぁぁぁああ!?」


 ちょっとどころではない激痛に頭を抱えてその場に倒れてしまった。目がチカチカする。膨大な量の何かを無理矢理突っ込まれたような、破裂しそうな感覚に脂汗が止まらない。


 だがそれは本当に一瞬で、激痛は嘘みたいにピタッと止まった。


「な、なに……これ……」


 びっしょりになったシャツを引っ張りながら眩む視界を、頭を振ったり瞬きすることでリセット出来ないかと試みる。


「ナナヲ様に《勇者戦術ブレイブアーツ》インストールしてみた」

「はぁ……?」


 漸く取り戻した視界でシエルを見上げると、僕の頭に乗せていたはずの手を赤い稲妻が小さく爆ぜていた。あんなん痛いに決まってる。


 ちょっと落ち着いたので頭の中でイメージしてみると、確かに《勇者戦術》の情報が鮮明に理解出来た。思い出したかのような感覚は違和感しかなく、酷く気持ちが悪かった。


 型から始まる勇者の必殺の技。その全てを今の一瞬で頭にぶち込まれたら、そら激痛も走るわな……。


「これをカテドラル攻略前に使えるようになってほしいなって」

「それで2週間か……」

「そういうこと」


 あの時点で僕に《勇者戦術》をぶち込むことを想定していたってことか。そして2週間でマスター出来る計算、と。ならばそれに応えるしかないか……。


「分かった。仕上げてみるよ」

「知識だけあってもしょうがないからね。体動かして会得してもらえると、カテドラル攻略も楽になるはずだよ。だって彼処はカタコンベとは比べ物にならないくらい難易度高いからね」

「そうなんだ……どういうモンスターが出るの?」

「天使」


 ただ一言、シエルは言う。天使……天使と戦うことになるのか……。カテドラルの一番上には神様でもいるのかな?


 まぁとりあえず、頑張るしかない。使えるものは何でも使うしかないのだから。



  □   □   □   □



 1週間が経った。とりあえず一通りの型は形に出来た気がするが、まだまだキレが悪いというのが現状だ。残りの1週間で仕上げつつ、カテドラルで調整という感じだろうか。流石に2週間はきつい。


 だがそう言ってもいられない。今もなお、カテドラルはシエルを蝕んでいる。地下墓地ダンジョンをクリアしてからずっとシエルはダンジョンに蝕まれている。僕が頑張ることで少しでも早く解放出来るのなら……そう思うだけで力が湧いてくる。


「……よし!」


 シエルに頼んで地下墓地の一室を大広間に作り替えてもらった。此処ならいくらでも型の練習が出来る。


「まずはおさらいだな」


 両手で握った剣を顔の辺りまで持ち上げ、切っ先を相手に向ける。其処から弧を描く様に右下から左上に振り抜く。


 これが《壱ノ断いちのたち 斜陽しゃよう》である。


 眼前の物を一刀両断にする技だ。あの時は大石柱を一太刀で切り倒していた。今の僕にはそれはちょっと難しいが、木くらいならある程度の太さのものでも断てるようになった。


 次に、まっすぐ後方に剣を伸ばす。切っ先は地面すれすれに。その状態で魔力を乗せると自動的に火属性の力に変換される。その炎の爆発力をブーストに使った高速の二連撃。


 これが《弐ノ断にのたち 炎陽えんよう》だ。


 僕の場合は《星屑機関ゾディアック・エンジン》を使ってないと《勇者戦術》は発動しない。魔力を持たないタイプの異界人の弱みだ。


 これがフィンギーさんが見せてくれた技だ。此処から先は実際には目にしていない。あるのは知識だけだ。それを頼りに理想の形に作り上げていくしかない。しかも一週間で、だ。


 知識の中の《勇者戦術》は全部で6種類の剣撃だ。その内の3つは分かる。壱ノ断と弐ノ断、そしてシエルがギリギリで防いだ《終ノ断ついのたち》だ。名を《落陽らくよう》という。僕が学ばなければならないのはその間にある参から伍の断と終の断である。間に合うだろうか……不安しかないが、やるしかない。頑張ろう……!



  □   □   □   □



 ……ということで地獄の2週間を過ごした。本当に寝ずに剣を振り続けた。お陰様で形にはなった……と、思う。発動するようになったはなったが、理想にはほど遠い。むしろ、使えるようになったからこそ、その違いが顕著になってきた。あとは実地訓練ということで、地下墓地を後にした僕は管理小屋に戻り、泥のように眠り、墓守協会へやってきた。


「もう死にそうな顔してるけど大丈夫か?」

「え? ちゃんと寝たんだけどな……そんなに酷い?」

「うん。まるで初めて此処に来た時みたいな隈だぞ」


 心配を通り越して呆れ顔のアル君に言われ、目元を指でなぞってみるがよく分からない。ちょっとカサカサしてるかな、ぐらいだ。疲れてはいないが、疲れてるようには見えるか。いっぱい頑張ったからな……努力の成果がこの隈なのだ。隈がある人間は須らく努力をしているのである。


「そんなんで大丈夫なのか?」

「疲れてる訳じゃないから大丈夫だよ」

「ならいいけど……支部長呼んでくるわ」


 席を立ったアル君は小走りで奥へと消えていった。程なくしてやってきた支部長は僕の顔を見てうん、と頷いた。


「酷い隈だ」

「アル君にも言われました……」

「はは、私と一緒だな」


 さっきの僕みたいに隈を撫でている姿を見て思わず吹き出してしまう。僕も支部長も、努力の人だ。頑張っているとこうなるのだ。


「さて、すっかり墓守じゃなくなってしまったが、君は墓守協会の人間だ」

「はい」


 もう此処しばらく聖水の入った桶を持っていない。殆ど探索者側の人間になってしまった。


「なので十分に支援させてほしい。業務内容に関しては前回と同じようにするつもりだ。人的支援は必要か?」

「お気持ちは嬉しいのですが、パーティーとしても長くなってきました。バランスが崩れるのが少し怖いので……」

「了解した。まぁそう言うと思っていた。であれば我々ができるのは物資の支援だ」


 スッと支部長が指差した先にはカラフルなポーション類や救急キットが並べられていた。中にはミルルさん考案のエナドリポーションも置かれていた。


「これらは聖天教と共同開発したポーションだ。一部は君も既に知っていると思う」

「見たことがある物もありますね」

「うむ。傷の治癒、体力の回復、魔力の回復の他にも各種属性への耐性が上がるポーションの開発も今回の探索に間に合わせた」


 属性耐性はバフ魔法でも補える。だがポーションが使えるなら使うべきだ。飲むだけなんてお手軽だし。


「だが問題がある」

「と言いますと?」

「張り切り過ぎてな……この量を持っていくのは無理だろう」


 確かに、全部合わせれば100本くらい瓶が並んでいる。だが、量は問題じゃなくなっている。


「大丈夫です。全部持っていけます」

「なんと……!」


 僕がかざした手の中に全てのポーションが収納される。あれだけあった薬品は跡形もなく消え去った。

 その仕掛けは僕の指に嵌められた指輪である。これはシエルが自室から持ち出してきた『収納指輪』というものだ。安直なネーミングは稀代の天才錬金術師ガリギュスタによるものだ。その名の通り、荷物を指輪の中に収納する効果がある。割といくらでも入るらしいが、限界もあるとのことで、入れすぎると指輪が爆発するそうだ。欲をかくと指が無くなるということで僕も最初はつけるのを拒否したのだが、だからといって他の誰かの指が飛ぶのも見たくなかったので渋々了承した。


「食料も倉庫に用意してあるので帰る際に持っていくといい」

「何から何までありがとうございます」

「これくらいしかできなくてすまないな」


 僕は首を横に振る。此処まで支援してもらえるなんて思っていなかったからとても嬉しかった。


 カタコンベの時のようにいくつか擦り合わせをした後、支部長に言われた通りに倉庫へ向かうと僕の名前を書いた紙が張られた木箱が数箱あった。どうやら食料らしい。まるで収納指輪を持っているのを知っていたかのような準備の良さだ。そうでないのは分かっているが。それでも、これだけの量を用意してくれたのは嬉しい。気持ちがいっぱい詰まっているのが凄く伝わってきて自然と頬が緩んだ。

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