第三十六話 一時撤退

 拾ったばかりの武器を手に宝を集めていた一番綺麗な部屋から飛び出した僕は素早く左右を確認する。周囲にモンスターの影はない。それと同じくエレーナとミルルさんの姿もなかった。だが確実に声は聞こえた。そんなに離れてないはずなのに、構造上声が反響してしまって居場所が分からない。


「ナナヲ様、こっち!」

「分かるのか!?」


 後から部屋を出てきたシエルが迷いなく右方向へ走り出した。


「エレーナちゃんの魔力を察知してるからね!」

「流石大魔導士!」

「へへへん!」


 走るシエルを追い掛けながらおだててみると嬉しそうに笑う声が聞こえる。前を向いているから顔が見えないのが残念だ。


 石造りの遺跡は以前は教会のような場所だったようで、信徒が集まる大広間と、関係者が利用する小部屋等が多かった。入ってすぐに礼拝堂と呼べる広いホールがあり、それを抜けると左右に廊下が伸び、小部屋が連なる。それが『口』の字に繋がっている形だ。


 その中心は中庭だ。大昔は花が咲き、木々には小鳥が遊びに来るような、そんな素敵な庭園が広がっていただろう。だが今は見る影もなく、石と倒木が転がっているだけの淋しい空間が広がっていた。


 等間隔で設置された窓から見えるそれを横目に廊下を走る。


「彼処!」


 シエルが指差した半開きの扉が声と同時に爆炎で吹き飛んだ。吹き上がる炎の巻き込まれないように慌ててブレーキを掛け、熱風から顔を守るように腕で覆う。その隙間から一瞬、モンスターが壁に叩きつけられるのが見えた。


 爆炎で今にも燃え尽きそうなモンスターは衣服を身に纏っている。焼け焦げてはいるが、特徴的な長い裾とシンプルな造りのそれから推測するに、シスターのようだ。だが肌は焼けていない部分は酷く腐り、爛れている。


「シスターのゾンビか……!」


 神の信徒である清廉な存在とも言える存在が汚く醜いゾンビになるなんて……神の悪戯にしては悪質だ。


「エレーナ! ミルルさん!」

「ナナヲ、さん……!」


 爆炎に巻き込まれないよう、名前を呼びながら部屋に飛び込むとシスターゾンビに囲まれた2人の姿が見えた。状況的に部屋の探索をしていた所を襲われたようだ。小部屋が連なる造りのこの遺跡、古くはあるが頑丈だったがそれは全てがそうではないらしく、運悪くこの部屋の壁は脆かったらしい。左右の崩れた壁がこの部屋に向かって散らかっているところから、両部屋からの挟み撃ちを食らったようだ。


「チッ……さっき見た時は何も居なかったのに……!」


 舌打ちしながら魔法を放ち、文句も垂れるエレーナ。傷を負った様子はなく元気そうだ。


「シエルはそっちを!」

「了解!」


 シエルと別れて右側のゾンビを請け負う。気が引けるがシスターを拾ったばかりのレヴィアタンで斬りつけると常温のバターでも切るかのようにスパッと両断出来た。水刃が飛び出て味方に当たらないように方向を気を付けて斬ってみたが、気を付ければ刃は飛ばないようで安心した。


 その際に崩れた壁から隣部屋の様子を見ると、隣は隣で天井が崩れてちょうど滑り台のようになっていた。


「上から来たみたいだな。てか2階あるのか」

「外観からだ壁から離れてて暗くって見えにくかったから気付かなかったね!」

「礼拝堂が邪魔していたのもあって気付かなかった!」


 シエルが向かった側の隣室も天井が崩れているのが見える。どうも罠としか思えない。であればこの遺跡を支配しているモンスターは狡猾だ。


 場所由来の生成だと頭では分かっていたがゾンビ姿のシスターを斬るのは心が痛かった。それでもそんな感情に振り回されて此処で殺されるなんて馬鹿な選択肢は取れない。全てのゾンビを斬り捨てた僕達は安全な部屋へ移動して一息ついた。


「疲れた……」

「あんなに出てくるなんてね……」


 椅子に腰かけたエレーナが背中を反らしてぼやく。巧みに気配を隠蔽して一気に挟み撃ちで仕掛けられたのが堪えたみたいだ。大技も使っていたし。流石にあの数相手だと疲労もするわな。僕もかなり疲れた。


「一旦引くのもありだと思うんだけど」


 休憩する各々へ提案してみる。休むのも大事だが、敵陣で休むのも自殺行為だ。さっきみたいに周辺の安全を確認したにもかかわらず襲撃されるような場所でなんてゆっくり出来ない。


「そうね……私は賛成」

「私も、です。立て直す必要はあるかと」

「だね。じゃあ一層上に戻ろう」


 良かった。このまま一気に、なんて気持ちもあるが敵の素性が分からない上に此方の体力も疲弊してる状況なら撤退は選択肢としては正しいはずだ。


 ある程度体力が回復した僕達は一旦、遺跡を後にした。撤退の際も腐ったシスターの襲撃はあったが、遺跡を出てからはそれもぴたりと止んだ。それから察するに、遺跡の支配者は遺跡からは出られないようだ。階層が違えば尚の事追撃は無いと確定してもいいだろう。


 階段を上り、前回休憩したポイントまで戻ってきた。此処は所謂『安置』で、次の階層に向かう前に休もうとして見つけた場所だ。普通に歩いていると見つからない、絶妙な角度で道が折れていて、安置は其処にあった。

 他の場所よりも瘴気濃度が薄いのでモンスターが出現しないのだが、シエルは少し居心地が悪そうだった。でも外に出れば瘴気濃度も戻るので頻繁に出入りしていたので問題ないはずだ。


「じゃあ今回も私が見張るからね」

「いつも悪いね」

「ううん、気にしないで!」


 アンデッド種ではなくなり、睡眠を必要とするモンスターになったシエルではあるが、それでも生来の研究体質であまり睡眠時間が多い方ではなかったのでこうした場面での不眠活動は率先してやってくれる。こういう所は本当に有難い。


 こういう風に頑張ってくれるので、出来るだけ他の場面で貢献出来るようにというのが最近の僕の行動方針だったりする。


 シエルに恥じないパートナーでいられるように僕も頑張らないとな……と、横になった僕は気合いを入れて全力で休んだ。起きたら次こそは遺跡を攻略し、墓地に平和を取り戻すぞ!

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