第三十七話 シエルの切り札

 十二分に休んだ僕達は再び階層を下り、遺跡へとやってきた。相も変わらず崩れそうで崩れない教会跡は無言でその存在感をアピールしていた。


「さて、宝はとりあえず置いておくとして、目的はあの遺跡……仮称として教会と呼ぶけれど、教会の主を始末すること。あわよくば迷宮核も破壊乃至機能の停止です」


 教会の前で3人に目標設定をする。お宝がありそうな部屋を見つけても、お宝に目が眩んでも、やることは教会の制覇である。


「質問ある人!」

「はーい」

「はいシエル早かった!」


 ビシッと指を差すとシエルもビシッと気を付けの姿勢を取る。そういうノリの良さが居心地の良さに繋がっていくね。


「迷宮核の破壊については私に一任してもらえると助かるんだけど、どうかな?」


 他の面々の顔色を伺いながらの提案。勿論、僕は何の問題もない。


「攻略出来れば僕はそれでいいけれど、2人は?」

「私も問題ないわ」

「私も、です」

「じゃあ迷宮核を発見した際はシエルにも報告してあげてください」


 決定した内容を改めて伝えつつ、自分でもそうするように言い聞かせる。勢いに任せて破壊しないように気を付けよう。


「じゃあ他に何かある人は?」

「あの、えっと」


 遠慮がちに挙手をするミルルさんと目が合った。顔を赤くして目を逸らす様は実に可愛らしい。


「はい、ミルルさん」

「えっと、その……教会の造りに関してなんですが……」


 ミルルさんからの報告は実に素晴らしいものだった。なんとあの教会の造りに見覚えがあるのだとか。流石は教会関係者、聖女代理である。


 聞けば、あれは大昔に普及していた宗教施設によく似ているのだとか。気付いたきっかけは口の字の廊下と礼拝堂の隅に転がっていた紋章だった。


「あれは間違いなく、ナトラ教の施設です。自然を愛することを教えとしていた組織でした」

「あの中庭はそういう意味があったのね」


 合点がいったと頷くエレーナ。


「自然を愛で、共に生きる為に自然を傍に置くことで俗世との決別を考えていたそうです。結局は人は人の中でしか生きられないと、教えは廃れていったそうですが……」

「考え方は素晴らしいと思うけどね……」


 アウトドアな趣味も良いが、インドアも捨て難い。結果的にはインドアが勝利したというわけか。


「なんでも教主が俗物的な人だったとか……」

「あー……それじゃ求心力は落ちるわね」


 呆れたものだ。自然との調和を図ったその人が何よりも俗世との決別が出来なかった。結果、人は離れ、廃れ、建物だけがこうして遺跡となった。


 改めて見ると教会からは自然さを微塵も感じない。どこまでいっても人工物。これじゃあそもそもからして教えが破綻している。元々、無謀だったという話だ。


「もしかしたら、その教主が此処の主かもしれないね」

「なるほど。ありそうな話ね」

「自然との調和を望みながら人を切り離せなかった教主は、今度は人を自然の中へ引きずり込む……ありそうな話だね」

「教主部屋は、礼拝堂と対の位置にあると思われます。入ったら礼拝堂を抜けて廊下を進み、奥の通路の真ん中で中庭を背にして見つかる扉へ進んでください。その先が迷宮主の部屋だと思います。

「ありがとうございます。よし、じゃあ行くとしよう」


 グッと両手を握って気合いを入れる。エルダーリッチー以来の大物相手の立ち回りだ。あの時とは違って経験も積めたし、今度は無様な姿を晒すことなく仕留めるとしよう。



  □   □   □   □



 半開きの大扉を抜け、礼拝堂へ入る。其処で僕達を待ち受けていたのはゾンビとなっても自然を愛するシスター達と神父達だった。以前は奇襲を仕掛けてきたモンスターは、今回は正面から堂々と列を組んで待機していた。


「なるほどね。でもそれって何の意味もないんだよね。むしろ奇襲の方が可能性はあったんじゃないかな」


 滅杖・天堕としから伸びる堕天使三姉妹の腕が掴む愚者の石が妖しく輝く。


「やっちゃっていいよね、ナナヲ様」

「手間が省ける。やっちゃってくれ」

「はーい。じゃあ許可も頂いたので大魔導士の力の一端をお見せしましょうか」


 周囲の瘴気を愚者の石が吸収する。そしてそれは飾り布である魔王のマントが魔素へと変換していく。その布はシエルの腕へと絡まっていた。無限の瘴気が、無限の魔力へと変化していく。


「天の星瞬き、流れ散る。死する光は闇に飲まれ、広がる無は是即ち全て死なり」


 珍しく詠唱を始めたシエル。呪文を唱えながら優雅に杖を振る姿はまさしく大魔導士だった。愚者の石が紫焔を灯し、軌跡を描く。その度に散る粒子は舞い、シエルを中心に銀河のように円を描いた。


「破滅の音は無く、訪れるは終末のみ」


 その粒子はやがて流れ星のように伸び、互いに結び合い、線となり、出現したのは幾つもの魔法陣だ。明滅する陣はやがて歪み、球体を為し、シスター達を飲み込んだ。


「殲滅無間魔法《アストラル・ノート》」


 魔法陣は光を失い、漆黒の球体となった。それが何なのか、分かる人間は殆ど居ないだろう。やがて球体は音もなく収縮し、消失する。その場には何も残らなかった。包み込んだモンスターも、巻き込んだ遺跡も、何もかもを抉り取り、球状の無が完成した。


「ってね!」

「いや、やべーって……」


 振り返ったシエルがテヘッと笑うが普通に笑えなかった。魔法を科学的に表現するのは非常に疑問ではあるが持ち合わせの言葉がないので勘弁してほしい。

 あろうことかシエルは魔法でブラックホールを生成していた。それも完全に制御されたブラックホールだ。何もかもを飲み込むのではなく、魔法陣によって指定された座標だけを抉り取るブラックホールだ。その制御に使われているのが魔法だと言われればなるほど、納得も出来た。


 重力の奔流と言われるそれも、制御出来れば無敵の力だった。無間の殲滅……冗談ではない。


「シエル、それ暫く禁止ね」

「えー!! 私の切り札なのに!!!」

「僕の心臓に悪いから禁止」


 魔法の力は重力をも制御する、か……。いやはや、大したものだ。大魔導士って本当に凄いんだな……。

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