第三十五話 すれ違い、寄り添う
繰り返し行われる戦闘と休憩。仮眠と食事。その果てに待つのは迷宮の最下層である。受けた傷を癒し、疲れを取って、次の戦闘に備える。出来るだけ疲れないよう、最短で倒す事に全力を向けていくスタイルの攻略に漸く体が慣れてきた頃、何回目かの階段を下った先に見えたのは老朽化した遺跡だった。
「地下に遺跡?」
「恐らく此処が、最下層です」
裾が煤けたローブを揺らしたミルルさんが答えながら頷いた。聞けば最下層にはこうした構造物が築かれていることが多いらしい。
「象徴、といえばいいのかな。最下層に到達した人間が帰ってきた時、その象徴からダンジョンの名が決まったりするね」
「じゃあ、ザルクヘイムも?」
「あれは少し特殊だけどね……。カタコンベは中層以降は墓地になってるんだ。そして最下層には古城があるよ」
まるで見てきたかのように語るシエル。いや、シエルはきっと見ているはずだ。彼女も勇者と共にザルクヘイムに挑んだ人間の1人なのだから。
「皆はカタコンベって言ってるけれど、正式には古城があることから『深淵古城カタコンベ』が正式名称だったりするね。ちなみに上層迷宮は『蒼天無窮カテドラル』、って名前が付いてるよ」
「ふむふむ」
それがいつしか省略されてカタコンベ、カテドラルと呼ばれるようになったと。
「元々、ユグドラシルが生えていた場所には一つの国があったの。ザルクヘイム王国っていう名前の小さな国がね」
「それがダンジョンに飲み込まれた?」
「うん。……私の故郷だったんだ」
その言葉に返す言葉を僕は持っていなかった。シエルの生まれ故郷であるザルクヘイム王国。その国を飲み込んだ神世樹ユグドラシル。そしてそれをシンボルに持つ聖天教。
宗教問題。という言葉が脳裏を過った。それは僕なんかには解決出来るような問題ではなくて……。
「まぁ、昔の話だから!」
カラカラと笑うシエルの言葉にそっと胸を撫で下ろした。それと同時に情けなくもあるが……流石に僕には荷が重すぎる。ミルルさんは曖昧な笑みを浮かべているし、エレーナは聞こえてないって顔をしている。気持ちは分かるよ……。僕はこれでも八百万に神が住む国から来てはいるが無宗教だからこういった問題には弱い。
「ザルクヘイム大迷宮郡の成り立ちを知れたのは良かったけど、デリケートな問題だね、ほんと」
「ユグドラシルはザルクヘイムに生えてる物だけじゃないからそんなに難しく考えなくてもいいんだけど、私の所為で変な感じになっちゃったね……ごめんね」
「いえ、シエル様は悪くないですから。こればっかりは、どうしようもないです」
「そうね。世代も違うし、価値観も違う。何を信じるかも人それぞれなんだから、気にしてたらきりがないわ」
色んな立場の人間が居るということだ。そうした人間が寄り添い、擦り合わせて、生きていくのはどの世界も同じだ。場所と立場が変われば対応も変わるが、生きていることには変わりないのだ。
こうして出会えた縁は大事にしたいなと皆の笑顔を見て思った。
□ □ □ □
そして結束を強めた僕達は今、遺跡の中を進んでいる。見た目は古く、触れれば崩れそうな一種の圧迫感を感じる。だが以外にも丈夫なのは数回の戦闘で確認出来た。
魔法攻撃の動作に入ったアークスケルトンメイジを真っ先にシエルが殴り飛ばしたのだが、そのまま吹っ飛んで罅の入った柱にぶつかって見るも無残に砕け散ったのだ。スケルトンの方が。
「やっぱ魔力を乗せた拳って強いんだねぇ。ウェントス程ではないのは仕方ないけどなんか悔しいな、これ」
「一番強いのは柱かね……ちなみにウェントスさんってどんな人?」
「同じパーティーだった人だよ。殴る蹴るの暴行が得意な奴だったね」
語弊しかなかった。
「ドラゴンとか殴り飛ばしてたね」
「あー、殴る蹴る特化マンか……世間ではそれを格闘家って言うんだぜ」
「まぁそうとも言うね」
何か言葉の端々に棘があるように聞こえる。ひょっとして不仲だったのだろうか。
触れるに触れられない他人の過去にどうしたもんかと痒くもない頬を掻いていたら隣に立ったミルルさんがクイ、と袖を引っ張った。
「どうかしました?」
「文献での話、ですが……シエル様とウェントス様が不仲なのは有名です」
「んぁー、やっぱり?」
「片や魔法最強と、片や物理最強なので、意見も割れたとか……」
「あー……」
主義主張のすれ違い、か。今も昔もすれ違ってばっかりだな、人間関係。
ともあれ、老朽化の具合も調べられたことで安心して中を歩いている。しかしこの遺跡は素晴らしい。何が素晴らしいって、お宝がいっぱいなのだ。だが全部は持って帰れない。カタコンベと繋がってはいるが、どうせザルクヘイム側から此処までやってくる探索者も居ないだろうと一箇所に集めて、必要な物だけピックアップして持っている。
その中でも一番重要だったのは僕の武器だ。今だに支給品とゾンビからのレアドロップ品だけで戦っているので、そろそろきつくなってきていた。そしてちょうど良く見つかったのが僕みたいなのでも触れる剣だった。
『緋水剣レヴィアタン 赤き刃を持つ水属性の短剣』
ちょうど良いのが短剣というのも情けない話ではあるが、それ以外の剣があまりにも重かった。この短剣だって十分な重みはあるのだが、それ等に比べればまだマシと言える重量だった。
そしてこの剣、名前の仰々しさから分かるように高品質なアイテムだ。ある種の本にも記されているような代物だったりするらしく、追加効果も水属性だそうだが特殊なもので、振ると水の刃を放つのだ。上手く使えば中・近接の距離感で立ち回れる。その刃も剣と同じく赤色でちょっと格好良い。
「短剣だし2本持ってもいいな」
「追加効果あるとどっち振るかで変わってくるし難しいよ?」
「うーん、同じやつ2本ないかな」
「それは贅沢だよ!」
ガサゴソと拾い集めたお宝を漁るが、腰に手を当てたシエルに叱られたので諦めた。何かそういう複製スキルとかあればな……。ま、無い物強請りというやつか。
「それはそれとして他に何か良い物あればいいんだけど」
まだ調べていない他の部屋を漁ろうかと腰を上げたところでエレーナが大声で叫んだ。
「モンスターよ! ナナヲ、先輩、早く!」
「ッ!」
地面を叩くように立ち上がりながら走り、部屋を飛び出る。流石に油断し過ぎた!
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