第三十三話 深層にて

 根のあるフロアから更に下層へとやってきた。不思議と光る壁は薄い緑色へと変化していった。これは深層と定義された深度までやってきた証拠とシエルは語る。根とカタコンベから流入する瘴気と魔素は更に濃くなり、まるで沈殿する不純物のような印象を受ける。その所為か、妙に息苦しかった。


 根のフロアでは見なかったモンスターもこの階層では出現した。やはりアンデッドが主立ったモンスターだが、それに交じってアンデッド以外のモンスターも現れるようになった。ゴブリンやウルフといった生ものだ。だが雑魚の代名詞であるゴブリンも、深層となればその格は段違いだ。


「だぁぁクソッ! 当たらん!」

「ナナヲ様、落ち着いて!」


 袈裟懸けに振り下ろした剣は空を切り、苛立ちが募る。直前でバックジャンプをして攻撃を避けたゴブリンがニヤニヤと笑ってるのが腹立たしい。


 『シルバーゴブリン 迷宮深層に生息するゴブリンの上位種 単独で狩りをする』


 名前の通りではないが、妙に艶の良い灰色の肌を持つこのゴブリンは背丈だけで言えば僕と同じくらいだ。しかし単独でも生きるだけの強さはあるからか、体つきは僕よりも筋肉質だった。ゴブリンという名前に騙されていると呆気なく殺されてしまうだろう。いや、狩られるというべきか。


 実際、此奴はこの戦闘を楽しんでいた。何度もひやりとする場面はあったが、シエルやエレーナの助けがあって無事だった。今思えばそれは助けに入れるタイミングで攻撃しなかったように感じる。ムカつく野郎だ。


 だが、狩りであるべき戦闘を楽しんだのが、運の尽きだ。


「ハァッ!」

「ッ!?」


 周囲の魔素を集めて通し、徐々に精度を上げていく僕独自のバフ魔法は今、第2段階へと進んだ。

 《ブリッツ・エイム》は雷属性のバフ魔法だ。狙い定める動作の正確さや緻密性が上昇する。それに加えて《神眼”鑑定(リアリゼーション)”》を使うことで行動の予測が出来る。


 つまり、奴の攻撃を避けた先で確実にカウンターを入れることが可能という訳だ。残念ながら眼で見ても体が追い付かないのでボルテック・エイムを2速まで上げないと使用出来ないという使いどころが難しい技だった。


 シルバーゴブリンが最初から狩る気で戦っていれば2速まで上げる前にやられていた。だが此奴は遊んだ。僕を格下と見て油断した結果がこれだった。


 地に転がるシルバーゴブリンは塵となり掻き消える。ふぅ、と息を吐いて魔法を解くと、ドッと疲労が肩にのしかかった。


「お疲れ、ナナヲ様」

「うん……ちょっと疲れたな」

「でも上手く立ち回れてたと思うよ」


 僕が言い出した結果ではあるが、何とかやれて良かった。


 僕はこのメンバーの中で一番弱い。だから戦闘経験を積みたいと相談し、出来るだけ先輩方の指導の下、戦わせてもらっている。まぁ、余裕のある時だけだ。今回はシルバーゴブリンが単独で行動していたから、僕の修業に使わせてもらった。


「もっと効率良く魔素を吸収して魔法の段階を上げるのが今後の課題だね」

「頑張ります!」

「うむ!」


 作り物の立派なおヒゲが見えそうな、ご立派な大魔導士様。両手を腰に当てて胸を張る姿は褒められた女児みたいだ。だが、年上だ。


 新興であるが驚異的な求心力で信徒を増やしていく聖天教聖女代理ミルルカレン=エカテリーチェ。

 魔導の真理を探究する魔法使いを束ねる魔法教会でも5本の指に数えられる魔導士エレーナ=クランクレンジ。

 そして数々の修羅場を潜り抜けてきた歴史上唯一の伝説的大魔導士ユーラシエル=アヴェスター。


 中々出会えない偉人達だ。そんな彼女達に鍛えてもらっているのだから、これに応えなければ男じゃない。ダンジョン攻略が決定する前、暇さえあれば魔素を体に流し、精度を上げていった。そしてこうして地下へと潜り、いざ戦ってみてまだまだ未熟だと実感した。


 此処ならもっともっと強い敵も居るだろう。であれば、僕の成長も見込めるはずだ。


 眼しか取り柄の無い異界人でも、魔法を使えるようになった。そして力を得られた。まだまだ頑張れるという事がこれ程楽しい事だとは思いもしなかったな……。



  □   □   □   □



 チャンスと余裕がある時だけ修行の時間にしてもらいながら探索を続けていた。疲労はするが聖天教印のポーションという物を飲んでスタミナを回復しながら頑張っていた。


「やっぱりあんまり美味しくないですね……」

「ふむ……」


 草みたいな味のする黄色いポーションを飲み干して空いた瓶をミルルさんに返す。受け取ったミルルさんはそれにコルク栓をして鞄へ仕舞う。何本か頂いておきながら面と向かって不味いとぶっちゃけているのは、ミルルさんからぶっちゃけて欲しいとリクエストされたからだ。


 このポーション、聖天教の新たな商売道具……と言ったら語弊しかないのだが、こういった物を提供していきたいので異界人としての知恵を貸してほしいと頼まれたのだ。


「もうちょっと甘味があるとスッキリして良いかもですね。色的にも柑橘系とか」

「なるほど……ヒールオレンジの皮を、擦ったものを加えてみましょう」


 鞄から取り出したメモ帳にササっと書くミルルさん。研究熱心だなぁと思う。エレーナやシエル、ミルルさんと3人ともなんだかんだでその辺が似通っている部分がある。魔導の道を歩む者は探究心と向上心が物凄く、本当に尊敬する。


 その辺りは僕も見習って色々と貪欲に魔法を教わり、練習している。がぁ、全部自己強化の魔法なのだが、これが色々と種類も多く、面白い。最近は攻撃力強化と防御力強化だ。以前披露したイグニッション・アクセルは素早さ強化で先程のブリッツ・エイムは精度が強化される。これで僕は4つの魔法を習得出来たことになる。まだまだ種類があるし、その他の魔法も絶賛習得中だ。


「ほら、そろそろ行くわよ」

「りょーかい」


 ポーションを飲み終え、疲労が和らいだところでエレーナから声が掛かる。


 さて、探索と修行の再開だ。

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