第三十二話 ジェネレーションギャップが生んだ溝と埋まる溝

 清らかな空気に満たされつつあるグラスタの朝。以前は聞かなかった小鳥の囀りに驚きつつも、これだけ浄化も進めば小動物も寄るかと納得し、同時に嬉しくもあった。


 普段のグラスタであればこの時間は死んだ魚のような目をした墓守達が各々の管理小屋に戻る為に地に影を落としながら踵を引き摺っているが、今ではそんな亡者は何処に見当たらない。


 最近見るようになった商人と業者と職人の一団が朝から賑やかに会話しながら歩いている。あれは材木の販売業者と運び屋と蒸留施設の建築職人だ。新事業として始まった蒸留施設の建造には多くの人間が携わっている。彼等が仲良く話せているのは敵対業者じゃないからだ。

 これに新たな材木商人や運び屋、職人が流入してくると上手くいかなくなる。それを先読みした墓守協会と聖天教は彼等と提携することで他社の営業を門前払い出来ていた。信頼出来る業者と知り合えた事でこの町は更に発展していくことだろう。いずれは墓の街という陰鬱なイメージも払拭されるかもしれない。


「そうなったら僕の仕事も無くなるなぁ……」

「何か言った? ナナヲ様」

「ううん、何でもないよ」

「そう?」


 管理小屋から出てきたシエルが首を傾げるが、何でもないと笑う。先の事を心配するのは皮算用もいいところだ。なんせ今から僕達は地下ダンジョンを攻略しに行くのだから。先の事を考えるのは、まだ早い。


「行こうか」

「うんっ」


 ローブのフードを取ったシエルが頷く。陽の光に照らされる青白い肌は透き通るように美しい。流れる銀髪も腰まであるからよく揺れる。見ていて飽きない。その髪の先端が撫でる先は実に綺麗な安産型をしていた。


「なんか視線がいやらしい」

「気の所為に違いない」

「嘘ばっかり」


 まったくけしからん。けしからん視線を上へと流せば慎ましい何かを一瞬で通り過ぎる。更に上、銀髪の根本には2本の角が生えている。ちょうど羊のようなクルンとした角だ。一回転しない程度のカーブを描いたそれは意外と硬い。ちょっと触らせてもらったことがある。死んだ記憶はないが便宜上前世知識と呼ぶが、その記憶だと人の頭に曲がった角が生えているとなると淫魔……サキュバスのイメージが強い。決してそんな淫らなことはないが。


「今日はよく見るね」

「改めて明るいところで見とこうかなって」

「変態」

「失敬な。今日も素敵だぞ」

「ふぐぐ……」


 これくらいの軽口はいつもやっている。大体僕が勝つ。勝たせてもらってるとも言う。

「尻尾も格好良いな」

「可愛いって言ってくれないかな?」

「うーん……そう言われると可愛くも見えてくる」

「でしょ?」


 尻尾は悪魔的な鏃タイプ……ではなく、上半分を銀髪が覆う獣タイプだ。下半分はなんと細やかな白い鱗が覆っている。総合して言うと、ドラゴンっぽい。その先端にはピンクのリボンが結ばれていた。

 そして鱗は尻尾だけではなく、手の甲や二の腕、じっくりは見てないが太腿等にも生えている。


 人型であって、人ではない。色んな生物の特徴を掛け合わせたかのような姿が、やはりシエルはモンスターなのだと、実感させた。


 しかし生来の愛嬌もあって骸骨時代から可愛らしかったシエルは町でも人気者だ。骸骨時代はあまり外に出なかった彼女も今ではお買い物を楽しんでいる。つい最近まではファッションに精を出していたが、近頃は小物に力を入れているようだ。尻尾のリボンもその一環である。


「でも一番気に入ってるのはこのチョーカーなんだ」

「僕があげたやつ?」

「うん!」


 骨だけじゃモンスターと間違われるかもと思ってあげた赤いリボンチョーカー。喉骨を緩く結んでいたそれは肉付いた今も細い喉を彩っている。


「初めてナナヲ様に貰った物だから、愛着があるんだよ」

「そう言ってもらえて良かった」


 倉庫にあった物だとは言いにくいが、本人が喜んでいるならそれで良かった。


 さて、そんな話をしながら歩いているとすぐに墓地に到着した。地下ダンジョンの入口にはすでにパーティーメンバーであるミルルさんとエレーナが立っていた。


「遅いわよ」

「ごめんごめん。じゃあ行きましょっか」


 軽く杖で叩かれながらダンジョンを封する扉を開く。地下へと続く階段はいつ見てもちょっと怖い。奈落の底まで続くような、そんな雰囲気を醸し出していた。




 バラバラに鳴る全員分の靴音が反響し、更に音が重なって三半規管が揺れて少し気持ち悪い。軽い息苦しさを顔に出さず、ゆっくりと下りていくと日の光は届かなくなり、代わりにぼんやりと光るダンジョンの壁が光源となる。目が慣れてくる頃にはそれでも十分な光量になる。ダンジョンが死ぬとこの光も失われるそうだ。派生ダンジョンである此処はザルクヘイムから供給される魔素と瘴気で新たな迷宮核を作り出し、蘇る。


 ならば、再び壁が光り出す。そうなったら僕達はまた、このメンバーで地下ダンジョンへ潜り、核を潰す。そしていつか誰かがザルクヘイムをカタコンベもカテドラルも攻略し、僕とシエルはこの地下ダンジョンというしがらみから解放されるだろう。


 そうなった時、僕達は何をするのだろう。何を始めるのだろう。


 未来の事を空想しても、答えは見つからない。


 すでに大半が浄化されつつある地下ダンジョンを進むが、殆どモンスターが出現しなかった。時々ふらりとレイスがやってくるか、スケルトンがカタカタと骨を鳴らしながら走ってくるかのどちらかだった。となるとゾンビは意外と瘴気消費が激しいのかもしれない。肉が付いてるからかな?


 剣を振り回しながらそんな事を考えていたらあっという間に以前見たユグドラシルの根の部分……ザルクヘイムとの境界線までやってきていた。今回はこっちには用はないのだが、自然と足が向いてしまった。しかも皆、何も言わないものだからそのまま到着してしまった。


「普通、木って水吸って日光を浴びて成長する訳だけど、この日も差さない深層で何故こうも瑞々しい葉っぱが育ってるのだろう。しかもこれ根っこでしょ?」

「これは魔素や瘴気も全部吸収して糧にしてるんだよ。日の光なんて関係ないくらい、全部を奪う木……神世樹なんて大袈裟な名前が付いてるのは成長した姿が他のどの木よりも大きいから『きっと神様が植えた木なんだ』って昔の人が勘違いしただけ」


 大魔導士時代の知識を披露するシエル。だがその表情は明るくない。それどころか、まるでこの根が敵かのような、そんな表情だった。


「何が神世樹だか……奪える物は何でも奪う木。それこそ、モンスターだよ」


 ……確かどこかでちょっと雑談した時に聖天教のシンボルはユグドラシルだって聞いた記憶があるんだけど。


「……っふぅー……っふぅー……」


 チラっと見たらミルルさんが泣きそうな顔で必死に涙をこらえていた。


「エレーナ……エレーナ……」

「あたしに振らないで……デリケートな上に複雑な問題過ぎるわ……」


 シエルも悪気があった訳ではない(と信じたい)とは思うが、言った内容が内容なだけに気拙い。聖女代理の立場もあるし此処ははっきりと物申した方がいいとは思うけれど……うーん……ジェネレーションギャップというのもあるだろうし……あー……。


「行こう。ね。ほら、今日中に攻略したいし。ね。ほらシエル、大魔導士なんだから先頭歩いて先頭」

「ちょ、コラ、押さないでよ!」

「はいはいはいはい、行きましょう行きましょう!」


 強引に押し切った。エレーナと目を合わせて無言で会話をする。


『シエルはこっちでどうにかするからミルルさんを』

『分かったわ……あー、頭痛い』

『僕も』


 うん、お互いに言いたいことは伝わっただろう。後はシエルさえどうにかすれば大丈夫……と思いたい。


「なぁシエル」

「なぁに? ナナヲ様」

「僕も最近知ったんだけど、ユグドラシルって聖天教のシンボルらしいよ」

「あんなのをシンボルに……? …………あっ」


 嫌悪感剥き出しの表情が、一瞬にしてやっちまったという青褪めた顔になった。


「賢いシエルなら分かると思うけど」

「とんでもない事しちゃった……知らなかったとはいえ、これは……嫌われてもしょうがないね……」

「ミルルさんならきっと分かってくれるよ。生まれた時代が違うんだから、仕方ない。これから上手くやっていけばいいんだからさ」


 ご主人様みたいな顔して言っている僕ではあるが、僕だってやらかす可能性は大だ。時代はおろか、世界すら違う人間なんだから、もっと慎重に言葉を選ぶしかない。シエルに言っている半分は僕自身へ言い聞かせているようなものだった。


 チラ、と後ろを見るとエレーナが無事に誤解を解いたようで、目元を拭ったミルルさんと目が合い、照れ臭そうに微笑んだ。うん、メンタルはリセットされてるな。これからシエルを行かせても大丈夫そうだ。


「ミルルさんはエレーナが何とかしてくれたみたいだから、後はシエルがちゃんと言葉にして終わりだ」

「うん、迷惑掛けてごめんなさい」

「迷惑だなんて、思ってないから」


 気拙そうに、申し訳なさそうに僕を見るシエルが幼く見える。だが僕よりも年上だ。墓石に刻まれてた生きた年数を見る限りは彼女は25歳で亡くなっている。対して僕は22歳なので3つ上になる。うん、年上のお姉さん。悪くない。僕は年下好きではなかったようだ。


 そんなシエルを送り出し、先頭を歩く。敵となるアンデッドの姿は見えず、平和そのものだ。だが、カタコンベから流れ込む瘴気は濃く、ユグドラシルの根が放つ魔素もまた濃い。いつどんなモンスターが現れたっておかしくはない。


 後方から聞こえる仲直りの声ははしゃぐ声に変わり、此処はダンジョンなんだけどなぁと1人、頬を掻きながら笑みを漏らした。

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