第二十五話 エルダーリッチー討伐戦 後編
「魔法を防ぐんじゃなく、逸らすんだ!」
『了解!』
エレーナさん程の魔法が使えない今、シエルには防御よりも回避を優先してもらう。
「ボルカニックアロー! アイスハンマー! ライトニングストーム! 連続で来るよ!」
『三重詠唱とはやるね! ま、その杖のお陰だろうけれど!』
僕の背後でシエルが魔法を放つ。地面から突き出たストーンランスが絶妙な角度でボルカニックアローを逸らし、続くフレイムロアが上から振り下ろされたアイスハンマーを横から叩き付け、燃え損ねたスケルトンの上に落ち、雨の如く降り注ぐ落雷はミストクラウドが四方へ電流を流した。
シエルはアークスケルトンメイジであり、敵はエルダーリッチーだ。その種族的な格の違いは圧倒的だ。
だが、格で言えばシエルは大魔導士だ。その知識と経験が、上位魔法を下位魔法で防いでみせた。
三重魔法を切り抜けると其処にはエルダーリッチーが居た。もう敵は目の前だ。
「……ッ!?」
だが苦し紛れの召喚魔法が発動し、複数のスケルトンが立ちはだかる。
「邪魔、するな!」
太腿に固定した鞘から引き抜いた短剣『灰火剣ハイドラ』を振り抜く。その特性が発動し、熱した灰が敵を覆う。
『ファイアーショット!』
其処へシエルが火炎弾を放つ。大量の高熱の粉塵。其処へ放たれる火炎。
それがもたらす結果は粉塵爆発だった。舞い上がった火炎がスケルトンを飲み込む。一瞬にして塵となったスケルトンだったものを突き抜け、エルダーリッチーの目の前に躍り出た。
「《墓守戦術(グレイブアーツ) 一夜葬》!!」
スキルの発動によりダッシュに補正が掛かる。速度が増し、その勢いを乗せた剣先がエルダーリッチーの胸を貫いた。
肉薄したお陰でエルダーリッチーの顔がよく見える。黒い骸骨に浮かんだ赤い光る瞳が、ジッと僕を睨み返していた。唇の無い剥き出した歯が憎々し気にわななく。
一撃を入れることは出来たが、これでおしまいではない。
「お前なんか、これさえなければ……!」
左手を伸ばし、エルダーリッチーの握る杖を掴む。その瞬間、静電気を食らったような瞬間的な痛みが手の中で爆ぜた。
「ぐぅぅ……!」
『……ク、ハハ……!』
それでも離すまいと痛みに抵抗しているとエルダーリッチーが嗤った。
『人間如キニ、コノ杖ガ使エルモノカ……!』
「馬鹿垂れが……此奴は人間が造った、人間用の杖なんだよ……返しやがれ……!」
すぐにでも手を離したい。そう思わせる痛みが手の平を通り、腕へ、そして頭にまで響いてきた。感覚で分かる。この痛みは『魔力』だ。
『コノ私ガ、長年求メテ、人ヲモ捨テテ得タ力……手放シテナルモノカァ!!』
「離さなねぇなら……後悔させてやる……!」
突き刺した剣を手放し、剣帯から刃の無い剣を引き抜き、エルダーリッチーの額に突き立てた。
『……? ハハハ、棒キレデ何ヲ……』
「人間捨てたお前に勝ち目なんてないんだよ……!!」
『滅杖 天堕とし』を掴んでいる今、僕もエルダーリッチーのように無限の魔力を手に入れる条件は整っている。怖いのはぶっつけ本番でそれが出来るかどうかだった。
「喰らえ!!」
ズキンッ! と割れるような酷い頭痛と共に天堕としから流れ込んだ魔力が僕を通して『無形剣ブラヴァド』がエルダーリッチーの頭蓋を貫通し、突き抜けた刃が遥か後方の壁へ突き刺さった。
『ア……ガ……ッ』
「離せよ……!」
乱暴に杖を振るとエルダーリッチーの手が力無く落ち、取り上げることが出来た。
『ナナヲ様!』
「シエル……ッ」
奪い返した杖をシエルの方へ投げ渡す。それと同時に魔力を失ったブラヴァドの刃が掻き消えた。赤い目を明滅させながらエルダーリッチーが膝から崩れ落ちる。これだけ弱らせれば、後はミルルさんの聖魔法で……よし、此処から早く離れなければ。
「クッ……!」
だが酷い頭痛と眩暈の所為で体が動かない。
「まったく情けないわね!」
『早く早く!』
よろけて膝をついた僕の両肩を誰かが掴んで後ろに引っ張る。そのままずるずると引き摺られてエルダーリッチーが遠のいていく。声からしてエレーナとシエルが僕を引きずって退却しているようだ。尻が凄く痛い。
「ミルル! いいわよ!」
「……はい、いきます」
魔力を溜めて魔法を構築していたミルルさんの聖魔法が放たれる。残念ながら膨大な魔力を通してた所為でよく分からないが、エレーナが『よっしゃあ!』と叫んでるので上手くいったようだ。
「どうなった……?」
「エルダーリッチーは消滅したわ。今はシエル先輩がアンデッド共の瘴気も纏めて吸収してるわね」
いつもの瘴気吸収か。今回の戦闘で沢山の瘴気をこれでシエルも大きく進化するはずだ。その間、シエルは無防備になってしまう。出来れば近くに居てあげたいのだが、膝が震えて上手く歩けない。
「無理しちゃ駄目。あんたの体、今ボロボロなのよ」
「それは、分かってるけど、シエルが……おぇぇ」
「ちょっと、もう!」
駄目だ、少し動く度に世界が横に一回転する……。それでも何とか体を起こし、シエルの方を見る。視界はぐにゃぐにゃとして平衡感覚がないが、マントを脱いだシエルが瘴気を取り込んでいるのが見えた。頭上で渦巻く黒い渦が、シエルの体へと吸い込まれていく。
それが全て吸い込まれると、進化が始まった。以前と同じように、再び全身から噴き出した瘴気が球体を形成し、シエルを飲み込む。激しく回転する瘴気の渦の中心のシエルはゆっくりとその体を変貌させていく。今回はとにかく瘴気濃度が桁違いだった。漆黒の渦はやがてバチバチと赤い電気を発していく。
「敵にこれを目の前でされたら絶望的ね……」
ポツリと呟いたエレーナの言葉に首肯する。確かにこれが敵なら、一体どんな奴が出てくるのかと不安になってしまうだろう。それ程に凄まじい光景だった。敵ならば絶望的とも言えるだろう。だけど、彼処に居るのは味方だ。大魔導士ユーラシエル=アヴェスターなのだ。
やがて瘴気の渦は回転速度を緩め、薄くなっていく。中心のシエルが瘴気を再び吸収しているようだ。頭痛と眩暈が治まってきた僕はその様子をジッと見つめる。すると神眼が反応した。
『アバドン
シエルの進化種族がチラッと見えた。てっきりアークスケルトンメイジの上位種であるリッチー系に進化すると思ったのだが、どうやら違うらしい。
「アバドンって、どんなモンスター?」
「アバドンですって……?」
何気なしにエレーナに尋ねると、エレーナの顔色が変わった。
「まさか、シエル先輩……」
「うん、アバドンってモンスターに進化したらしい」
「そう……いえ、シエル先輩なら当然ね」
いや、勝手に納得されたが。結局アバドンに関しては何も分かってない。
「アバドンは……」
と、ミルルさんが引き継いでくれる。
「かつての勇者が、討伐したモンスターです。数々の伝説を語られるモンスターで、気紛れに国を襲って破壊し尽くしたりしたそうです」
「へ、へぇ~……そうなんだ……」
とんでもない奴だった。国壊すって何……?
思わずシエルの方を見てしまう。頼むから国なんて破壊しないでほしいなと、祈りながら。
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