第二十六話 帰ろっか

 瘴気が薄れ、完全に姿を現したシエルはもう、骸骨じゃなかった。青白いながらも、しっかりと肉体を得ていたのだ。髪だって綺麗な銀髪だ。かつて、自身が造り上げた魔杖『天堕とし』を胸に抱く姿はいっそ、神々しくもあった。


「ナナヲ、目を閉じなさい」

「何を言う。僕は眼だけが取り柄なのに」

「女の子の全裸ガン見してんじゃないわよ!」

「いったぁ!?」


 思いっきり杖で脳天を叩かれ、目から星が飛んだ。チカチカと明滅する視界の向こうで、エレーナがシエルの元へと走っていくのが薄っすらと見える。


「今のは、ナナヲ様が悪いです」

「うぅ……」


 ミルルさんに言われると心なしか、倍以上に傷付く。今後は気を付けよう。




 エレーナのマントを被ったシエルは実に元気だった。


「いやぁ、ちゃんと喋れるっていいね! こうして自分の声を発して、ちゃんと眼球で相手を見て、それが出来て漸く人に戻りつつあるのを実感出来るよー!」


 元気が服を着ずに歩いているようなものだった。隠し部屋を出てからこっち、喋りっぱなしだ。もうすぐエントランスに到着するのでそろそろ声のトーンを落としてもらいたいところだ。


「ナナヲ様、ナナヲ様」

「ん?」

「えへへ、呼んでみただけ!」

「あはは……」


 こんなに元気とは思いもしなかった。変な言い方かもしれないが、骨の頃から表情豊かではあったが、表情筋がつくと……実に可愛らしかった。ので、その、接し方が難しい。今までは普通だったのに変に緊張してしまう自分に驚き、結局顔かと自覚して情けなかった。


「さて、探索者の皆には私から伝えるわ。一応、勇者パーティーの人間だしね」

「僕は追放されちゃったんで、よろしく」

「ふん、形式上よ、形式上。……私は今でもちゃんとあんたもパーティーメンバーとして思ってるんだから、あんまりそういうこと言うもんじゃないわよ」

「……ありがとうございます」


 思わず敬語が出てしまった。使い古されたツンデレテンプレだが、実際にやられると対処するのが難しかった。


 小走りで先に行ったエレーナに続いてミルルさんが後を追い掛けていった。僕とシエルはその後ろをゆっくりと歩く。やがて歓声が聞こえてくる。無事に報告出来たらしい。

 僕とシエルはその陰はこそこそと抜ける。注目を集めたくなかったからだ。シエルは遠目から見れば一見、人のように見えるが肌は青白いし髪も白銀だ。近付けばモンスターであるのは分かるし、いくらテイムモンスターだとしてもそれが原因で揉めたくもない。僕も僕で所詮、探索者になり損ねたただの墓守だ。討伐したのは勇者パーティーである方が収まりがいい。


 ふと視線を感じて振り返るとエレーナとミルルさんが僕を見ていた。何とも言えない顔をしていたが、これでいいんだと頷いておく。向こうも不承不承といった顔で頷き返してくれた。


「帰ろっか」

「うん、ナナヲ様」


 フィンギーさんの仇は取れた、かな。エレーナ達も前に進めるはずだ。きっと新たな勇者が現れて、ダンジョンを攻略するだろう。その時僕はきっといつも通り、第770番墓地でシエルと一緒にアンデッド退治をしているはずだ。


 これが平和というやつだろう。この世界に迷い込んでしまった時はどうなることかと思ったが、存外、満喫している僕が居た。それは、傍にシエルが居てくれるからだろう。これからもこんな時間が続けばいいなと心から思う。


 帰りたいという気持ちは日々、薄れている。方法を探して探して年月を消費して、それでシエルを蔑ろにしていいはずがない。彼女は僕が生き返らせてしまったのだから、僕には寄り添う責任があった。だが、いつの間にかそれが当たり前のようになってて、一緒に居るのが当然と思えるようになった。


「これからもよろしくね、シエル」

「ふふっ……此方こそだよ、ご主人様!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る