第二十三話 ザルクヘイムへ

泥のように眠った翌朝は久しぶりに体がすっきりしていた。今なら何が相手でも負けない気がする。

 フランシスカさんは何事も無く仕事を終えただろうか。ダンジョンに潜るのは自由だけれど、単独だから無理しないでほしい。


 その日はゆっくりと散歩をして過ごした。こうしてゆっくりとグラスタを歩くことなんて無かったから新鮮な気持ちだったが、街並みは相変わらずだ。墓地しかない。並ぶ建物は墓守協会の従業員か、墓守の家だろう。あとは商売人くらいか。しかし人の気配は殆どない。家の中に居たとしても寝ているだろうし。


 実につまらない風景ではあったが、意外にも僕は嫌いじゃなかった。向こうの世界でも墓地は一種の観光スポットとなっている場所もあるくらいだ。僕も一人の墓守として他人の管理する墓地が少し気になったりもする。どういった工夫がされているのかとか、どんな雰囲気なのかとか。ただ、やはり勝手に侵入するのは憚られた。


 そんな訳でただ歩いて、疲れて帰ってきて、ご飯を食べて、風呂に入って寝た。


 もしかしたら死ぬかもしれない。だけど最後の日をこうしてゆっくりと過ごせたのは良かった。



  □   □   □   □



 目が覚めたのは朝方だった。まだ日が昇りきらないような時間だ。


『おはよう、ナナヲ様』

「おはよう、シエル。準備しようか」

『うん』


 起き上がり、顔を洗って少しだけ食事をとる。昨日の夜のうちに裏庭の拓けた場所に置いておいたクレセントドラゴンの革鎧を拾って身に付ける。以前試着した時よりいくらか僕の体型に合っているような気がする。万全の状態にしておきたくて置いたのだが、そういう機能もあるのだろうか。分からないが、有難いことには変わらない。


 剣帯を下半身に巻き付け、普段使いの長剣と3本の短剣を身に付けた頃には朝日が窓から射し込んできた。


 それと同時に扉をコツコツとノックされる。開くと其処にはやはり2人が並んで立っていた。


「おはようございます、ミルルさん、エレーナ」

「おはようございます……ナナヲ様」

「なんで私はさん付けじゃないのよ。ま、いいけど」

「私はさん、いらないですけど」


 2人共準備万端のようだ。


「予約しておいた馬車があるから、それに乗って行くわよ」

「分かりました。行こう、シエル」

『うん、了解だよナナヲ様!』


 シエルもいつものマントをすっぽり被って準備万端だ。


 現在のシエルはアークスケルトンメイジだ。生前使えた魔法の一部が使用出来るそうだが、威力も種類も全盛期には遠く及ばないとのことだ。だが彼女には魔力の刃による手刀攻撃がある。大抵のアンデッドはそれで切断出来るから今回の戦いでも活躍してくれるだろう。


 エレーナが予約してくれていた馬車に乗り込む。狭いが死体が載っていないだけまだマシだ。死体を入れた袋から漏れ出た血が靴を濡らすこともないし、異臭もしない。


 ガタガタと揺れる馬車にしがみつきながら2時間程で巨木がはっきりと見えてきた。見上げればそれは天を覆うかのように枝を広げている。巨大樹ユグドラシル……木自体がダンジョンとなっているそれは圧倒的な存在感で僕達を見下ろしていた。


 大きくくり抜かれたような木の洞の中は探索者が集うエントランスとなっている。初めて此処に来た時はフィンギーさん達に助けられ、無事生還した時だ。あの頃は多くの人で賑わっていたが、今は人が疎らだった。


「これも……エルダーリッチーの所為、です」

「いつ巻き込まれるか分かんないしね」


 寂しげに言う2人の横顔は暗く影を落としている。どうにかエルダーリッチーを討伐して2人に笑顔を、そして此処を人で賑わせたい。


 さて、馬車を降りた僕達は早速カタコンベへ向かう下り方面へ歩き出した。止めようとする者は居たが、それがミルルさんとエレーナと気付くと口を噤んで伸ばした手を下ろした。


 誰も僕達の後には続かない。孤独な戦いが始まった。



  □   □   □   □



 目的の場所はすぐに到着した。あの時と変わらず眩く輝く壁と、その中心に入った亀裂は、今はこの場に居る全員が認識出来ている。


「これに気付かないなんておかしいと思ってたんだ」

「言われるまで、全然気付かなかったです」

「確かにね……どういう仕組みなのかしら」

『それがダンジョンなんだよ』


 訳知り顔で語るのはシエルだ。


『ダンジョンは成長する。上に下に横に、瘴気を吸って無限にね。このユグドラシル上層迷宮であるカテドラルも、いつかは空も支配してしまうかもね』

「瘴気を吸って成長するなんて、まるでモンスターみたいだ」

『そう、ダンジョンはモンスターなんだよ』


 何気なく呟いた言葉をシエルが肯定した。ミルルさんとエレーナも目を見開いて驚いていた。


「それは……事実なのですか?」

『公表はしてないよ。私が独自に研究してたことだから。でも生成と進化の過程を調べれば、辻褄が合っちゃうんだよね』

「確かに……言われてみれば、納得出来てしまうわね」


 ダンジョンが出来てしまう程の瘴気、か。戦場跡なんか、危ないだろうな。


 ならば、僕の管理する第770番墓地は、どうしてダンジョンが出来てしまった?


 ダンジョンが出来てしまう程の瘴気があったのか?


 ふと過ってしまった答えを、僕は頭の中から追い出した。


『成長するまでの間、ダンジョンは道を隠す。バレるまで、そして成長しきるまで人はそれを認知出来ない』

「それが誰も道を見つけられなかった原因か」

『そう。つまり、この先に居るエルダーリッチーはまだ成長途中ってことだね』


 ジッと切れ目の先を見据える。この先に居る敵を探すように。


『ま、それが半分なのか9割なのかは分からないけれどね。ただ言えることは、まだ殺せる確率は高いってことだよ』

「なるほど、それが積極的にアンデッド軍団で進軍しない理由ね」

「じゃあ急いだ方がいいな」

「待ってる暇は、ないです」


 ギュッと掴んだ剣の柄を一気に引き抜く。壁の光を反射させて妖しく光る刃は妙に頼もしかった。


「行こう、みんな!」


 僕の言葉に3人が頷き、一気に切れ目の奥へと駆け込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る