第十話 赤いスケルトンと神眼

 圧倒的な浄化力を誇る我が蒸留聖水は、恐らく前任者の頃より湧き続けていたアンデッドを見事に蹴散らしていく。出会い頭に柄杓で掛ければノータイムで浄化。此奴は拙い。チートアイテム、作っちゃったか?


「くっ……!」


 なんて思ってた時期が僕にもありました。


「蒸留聖水が効かん……!」


 現在、目の前に居るのは赤いスケルトンだ。全身に返り血を浴びたような恐ろしさに一瞬怯みはしたが、蒸留聖水の前に敵は無しとぶっかけてやったら生意気にも反撃してきやがったのだ。塵にもならず。それも恐ろしい速さで。骨しかない癖にしなやかな動きで殴る蹴るの暴行を加えてきたので此方も剣を抜いての応戦である。


「《墓守戦術(グレイブアーツ) 裏狩り》!!」


 背面飛びの要領で攻撃を躱しながら相手の頭部、及び背面を攻撃する攻防一体の技。墓守戦術を使う時、身体能力のブーストがある。だからこうした陸上選手じみた事も平気で出来る。


 スケルトンの単調な攻撃でも、この赤いスケルトンの速度としなやかさが乗ると一気に化ける。それを躱しての一撃。だがよろける程度にしかならなかった。


「くそ……こんなのが居るとはな……」

「……」


 無言ながらも、無言だからこそ発揮できる圧を肌で感じる。奴には明確な意思がある。即ち、僕を殺そうという殺意がある。


 僕の攻撃が効かない。だからといって蒸留聖水まで効かないとは思えない。此処に至るまでに倒した多くのスケルトンやレイス。初見のゾンビ。奴等はこの蒸留聖水一杯で成仏していた。


 この聖水に賭けたい。この聖水を掛けたい。これに賭けるしか生きる術がない。


 僕はベルトに差し込んだ瓶を抜き、構える。これまでは桶と柄杓というスタイルでやらせてもらっていたが、此処からは剣と併用して戦っていく。


「ふっ……!」


 引っ掻き攻撃を避けて瓶をスケルトンの足元へ叩き付ける。出来上がった水溜まりを踏むと、微かにスケルトンの動きが鈍くなった。これはチャンスと、出来るだけ聖水を踏むように動きを合わせ、誘導する。それを何度か繰り返すと、明らかに鈍くなってきた。切れのあった攻撃も精彩さを欠いている。


「ハァッ!」


 そんなスケルトンの大振りな攻撃を剣で防ぎ、受け流す。そしてコルク栓を親指で押し抜き、目の前のスケルトンの口の中に突っ込む。


「ほら清いー!」

「……ッ!!」

「オラッ、聖なる力感じるだろ!! 天国見えてきただろ!!」


 流石に効いたらしく、仰け反り狂ったように頭を振るう。


「隙あり!!」


 《墓守戦術 表打ち》は正面から正々堂々と振り下ろす必殺の一撃だ。無防備な相手にはこれ程効く攻撃はない。


 振り下ろした剣は、見事に赤い頭蓋骨を砕いた。


「はぁっ……はぁっ……マジ……死ぬかと思った……」


 塵となって消える赤いスケルトンを、地面に座り込みながら見送る。ちょっと強過ぎる相手に興奮して変な事を口走っていた気もするが、これでもう今日は終わり。何もしたくない。休憩が終わったらすぐに帰ろう。


 そう心に決めた僕の視界に、正確には赤いスケルトンが消えた跡地に、赤い1本の骨が落ちていた。


「何だ……?」


 ジッと骨を注視する。


 すると不思議な事に、骨の傍に文字が浮かんだ。


 『レッドスケルトンの骨 スケルトン専用のテイムアイテム テイム確率100% テイム時に一段階進化可能』


「なんじゃこりゃ……文字が浮かんでる」


 文字に触れようと手を伸ばしても空を切るだけで、掻き消えることもない。実際に浮かんでいるのではないのなら、この文字は僕の眼にしか映っていないのだろう。


「ひょっとしてこれが僕のスキルか……?」


 戦闘スキルでもなく、支援スキルでもなく。僕に宿ったスキルは見た物の説明をしてくれる便利な眼、と。


「あんまり嬉しくないなぁ」


 だって分からない物は人に聞けばいい。大抵の物事の答えは返ってくるだろう。そして返ってこないような物は僕には取り扱えないだろう。そんな物があっても身を滅ぼすだけだと僕は思うね。


「ま、とりあえず持って帰るか……」


 赤い骨を掴んで立ち上がる。疲労の所為か、赤いスケルトンの恨みか、背中の骨がバキバキと鳴ったのが妙に怖かった。



  □   □   □   □



 地上は既に明るくなりつつあった。早朝特有の水分を孕んだ清々しい空気が、浄化された第770番墓地に満ち溢れている。吹き抜ける風は心地良く、疲労という疲労を取り払ってくれた。


「さて、報告だな」


 こんな赤い骨はアル君に報告だ。しかしスケルトンをテイムというのも興味がある。一緒に戦ってくれるのであれば心強い戦力だ。


 とりあえずはちょっと汗を流したい。土の下で頑張った所為で汗も土も浴びまくりである。




 がっつり身を清めている最中に鏡の中の自分をジッと見つめると《ナナヲ》と表示された。この世界では完全にナナヲとして定着しているらしい。

 更に自分の、この不思議な眼をジッと見た。なんせこの青く光る右眼。絶対にこれが文字を表示しているに違いなかった。


 『《神眼”鑑定(リアリゼーション)”》 神に与えられし眼 能力:鑑定』


 と表示された。神眼、ねぇ……。


「そんなことよりこの眼の色が変わるの、どうにかならないかな……あ、戻った」


 どうやらジッと見るのが発動条件らしい。ピントを合わせる、と言えばそれっぽいか。ただ見るのではなく、意識してピントを合わせようとするのが条件のようだ。そうすると目が青色に変わるようだが、違和感が凄い。


「知ろうとしなければ発動しないというのは有難いかな……そろそろ行こうか」

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