第九話 墓守の武器

 夜、起きて仕事の準備をし終えてから管理小屋を出ると扉のすぐ傍にしゃがみ込んでいる人物が見えた。すわ、スケルトンかと剣を抜きそうになったが、髪の毛が見えた。スケルトンに髪は生えてない。


「おーぅ、おはよ、ナナヲ」

「アル君か。びっくりした」

「悪い悪い。すまんな。その手を柄からどけてくれ」


 ビックリさせてくれたから此方もビックリさせようとしていたがビビり始めたので剣から手を離した。


「実は協会での地下ダンジョンへの方針が決まったから知らせにな」

「だいぶ待たせてくれたし、それなりの対処法は考えてくれたんだよね?」

「あぁ、勿論」


 立ち上がったアル君が腕を組んでふんぞり返る。


「『良い感じによろしく』だとよ!」

「……」

「待って、ガチの無言は本当に怖いからやめて」

「あのさぁ……マジで言ってる?」

「ちゃんと理由あるんだって!」


 久しぶりに腹の底がグツグツとしてきた。八つ当たり? いやいや、今のアル君は協会を代表して報告に来てるんだから正当な怒りよこれは。


「研修中の様子や日々の仕事っぷりからナナヲに任せても問題ないだろうって判断なんだよ」

「いや、僕、新人なんだが」

「でもお前、結構優秀だって協会でも話出たりするよ?」

「それはー……ちょっと嬉しい」


 自分の仕事が正当に評価されるのって嬉しいよね。しかも自分が居ない場所で。マジの評価じゃん。


「協会でもサポートはするからさ、まぁちゃちゃっと攻略しちゃおうぜ」

「ちゃちゃっとて……じゃあちゃちゃっとやってみてくれよ」

「無理言うなよ俺は事務仕事担当なんだから。フランシスカ呼んでこい」

「あの人は協会の切り札みたいなものだからなぁ……」

「じゃあまぁ伝えたからな。無茶はするなよ!」


 本当に報告だけで手伝う気はないらしく、アル君はそそくさと帰っていった。薄情者と罵るべきか、真面目な仕事っぷりを褒めるべきか悩むところだ。


 しかしまさか丸投げされるとは思わなかったな……墓守業務が板についてきたかなと感じていたところではあるが、地下ダンジョンも管理しろってか。あるよなぁ、こういう唐突に仕事増えるやつ。


「はぁぁ……愚痴ってても仕方ないか……とりあえず現場行くか」


 戸締りをして現場へ向かう。隣接してるから徒歩1分も掛からないのが良いのか悪いのかってのが最近の思案項目である。



  □   □   □   □



 墓地を囲う鉄柵は聖銀と呼ばれる浄化効果のある金属を混ぜた塗料で塗られていて、じゃあ銀色なのかと問われれば答えは真っ黒だ。武骨さが滲み出る中にもアーチ型に抜かれた鋳物な枠は町の景観に馴染んでいる。


 押すとギィ、とこれまた良い感じの音を鳴らす鉄門を抜け、一般的な照明の魔道具が照らす石畳を歩く。芝生と墓石が両サイドで均等に並ぶ姿は厳かであり、儚く、そして物悲しい。


 そんな閑静な僕の職場で陽気な盆踊りをキメるのが憎たらしいスケルトンとレイスだ。あの骨野郎に関しては腕を振り上げて振り下ろすだけのワンパターンな動作なので完全に見切っている。最近は此方に気付く前から挙動の先を読める程だ。


 未だに慣れてないのがレイスと呼ばれる、まぁ、幽霊的な奴だ。なんせ幽霊であるからして、浮遊しているし、物理攻撃は効かない。


 じゃあどうやって攻撃するんだという問いに対しての回答は二つある。


 《墓守戦術(グレイブアーツ)》と《聖水》だ。


 《墓守戦術》は対アンデッド特攻戦闘術で、不思議な事にこれを使いながら攻撃するとスケルトンもレイスも綺麗に捌ける。拳だろうと剣だろうとお構いなしだ。僕が教わったのは剣を使った墓守戦術だけだが、ある日剣での攻撃が間に合わなくて拳を使ってみたら見事に成仏させられたので拳での応用も可能だと気付いた。習うより慣れろとはこの事だと思いたい。


 そしてもう一つの回答である《聖水》。これは協会から支給されるご利益のある水で、此奴をパッパと撒くと瘴気が浄化される。その辺の墓石に柄杓で一杯かければ心なしか墓石の肌艶も良くなるので死者に対する美容効果も多少はあるんじゃないかというのが最近の思案項目の一つだ。


 聖水は毎月、協会から墓守に支給されるのだが、僕の墓地は地下がダンジョン化しているので支給量を増やせとアル君に申請したら翌日、樽で持ってきた。


 それを転がして盆踊りの終了を告げにダンジョン入口にぶちまけたのだが、翌日の深夜、再び開催されていたので浄化効果に関しては一切の信用がなかった。いっそもう美容液として売り出した方がまだ稼げるんじゃなかろうか。エレーナさんとか喜んで使いそう。


 でも、これまでの聖水としての実績というのもまた考慮しなければいけない。


 確かに、その辺の墓石周辺はしっかり浄化されていた。異常なのはダンジョン周りだけだ。


 ならば、此方もやり方を変えねばならない。聖水も進化する時が来た。


 其処で僕が考えたのが、聖水の蒸留だ。


 『酒を蒸留したらアルコール濃度がグンと上がるんだし、聖水も蒸留したらホーリー濃度も上がるに違いない』


 寝不足の頭で考えた馬鹿な発想だと笑えばいい。


 だが笑った奴は後悔するだろう。今夜、盆踊り会場の閉幕を目の当たりにするのだから。




 果たしてその結果は、大成功だった。


 盆踊り会場に殴りこみ、切った張ったの大立ち回りの末、自宅で蒸留した聖水を撒いた結果、見事にスケルトンやレイスの出現が止まった。


「これ撒いとけば仕事しなくていいじゃん……」


 この世界に蒸留という技術があるのかどうかは定かではないが、聖水を蒸留しようなんて考えた奴は多分僕が初めてだろう。いつかこのやり方を墓守協会に高く売りつけてやろう。


 そんな事を考えながら僕は協会にダンジョンを盾に、聖水の支給を要求する。運ばれてきた聖水をちまちまと蒸留し、貯蓄しつつ、墓に撒く。


 これを繰り返していたら墓地からアンデッドが少なくなった。


「これで多少は安心してダンジョンに入れるぞ……」


 そうなのだ。これが目的で蒸留聖水による浄化を進めていた。


 僕がダンジョンで頑張っても、地上がアンデッドだらけになってしまっては意味がない。かと言って、地上を任せられる人も居ない。墓守は常に人材不足だ。

 であればまずは地上のクリーンナップが先決だと、優先順位を決めた結果がこれだった。試行錯誤する前に結果が出たのは実に嬉しいことである。


 それでは、安心してダンジョンに潜ろう。


 勿論、蒸留聖水を持って、な!

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