第172話 燃える屋敷の戦い 前‐4
一旦、状況を落ち着かせたマリアは、死体を跨いでゲートを通った。屋敷の屋根の上や庭園などに伏兵の類はいないようだ。いればもう出てきているだろう。
屋敷の隣で燃え盛る巨木から、火の付いた大きな枝の塊が落ちた。一瞬大きな光が煌めいて地面に横たわる死体、屋敷にいくつも空いた穴を浮かび上がらせる。
マリアはしゃがんで死体の腕を持ち上げる。装甲がついていない。軽い腕は”予言の民”の物だが、その隣で死んでいるのは紛れもなくギルダー・グライドの騎士だ。
マリアは首を傾げた。さっき自分でも考えていた通り、訓練を積んだ騎士はカルトの構成員ごときが殺せるような相手じゃない。ましてギルダー・グライドのように国と密接に関わっているものが率いる騎士団なら、十人がかりでも一人倒すのがやっとのはずだ。にもかかわらず、この庭園には全部で五体か六体の騎士が斃れている。ゲートの前で死んでいるのは不意打ちで殺された騎士だろう。だがこの敷地内で死んでいる騎士たちは、そうじゃないはずだ。”予言の民”にそこまでの隠密技術はない。
死体を弄っていて、マリアは奇妙なことに気が付いた。死にかたがみんなおかしいのだ。鎧に大きな穴が開けられていたり、高いところから落下したようにひしゃげていたり、およそ”予言の民”たちが使っている手製の武器では不可能な傷ばかりだ。いや、もちろん時間をかければ出来なくもないが、そうなるとつまり彼らはまったく無抵抗で鎧に穴が開くのを眺めていたことになる。
ようは殊更奇妙なことに、彼らは弓矢で殺されたのでなければ、剣で殺されたわけでもない。なにか太い槍のようなもので勢いよく突かれて殺されたのだ。
そんなこと誰が出来るって言うんだ?
マリアはバイザーを上げ、気に入らないというように唇の端を指でつまんだ。
「どうかしたの?」
背後のシダ植物のアーチの隣から、声が飛んできた。
「お嬢さま」
マリアに言われた通り、正面のゲートではなく横の燃える木に近いゲートから入ってきたエリザベートが、マリアと合流する。
マリアはバイザーを下げた。
振り向くと、夕やみににた光度のなかでエリザベートが佇んでいた。その後ろにはコンスタンスもいる。不安そうに自分の二の腕の辺りをさすっているようだ。
「なにか不味いこと?」
マリアはなんと答えるか迷った。敵の人数が減ったのは悪いことではないが、敵を殺した敵がいるかもしれない。
バイザーの中でため息をつく。実を言うと、今すぐ座り込みたいぐらいに全身が痛かったのだ。馬から落ちたせいだろう。そのためマリアはいつものように皮肉ではぐらかすこともできずエリザベートの肩を二度叩くだけに留めた。エリザベートは胸の前で腕を組んで、マリアと同じようにため息をついた。
「……また私たちの知らない厄介ごとが私たちを待ち受けてるってわけね」
マリアはこれには最適な言葉を返すことができた。といっても簡単に八文字だけ。
「……そんなところです」
一方でわかっていることもあった。敵が誰だろうと今から屋敷に入るということだ。エリザベートの眼はそう語っていたし、バイザーを開けばマリアだってそう言っていただろう。違うのはコンスタンスだけで、彼女は勢いでついてきたことを今さらながら後悔している様子だった。
それでも義務感のようなものがあるのか小心で言い出せないだけか、エリザベートたちが半分崩壊した扉の前に立つと、同じようについてきた。
「コンスタンス、きみは馬のところに戻っていてくれ。私たちが外に出たら、馬を正門に回すんだ」
マリアが言うと、コンスタンスはこくこくと頷き、走ってきた道を戻って行った。
マリアはしばらくぶりに皮肉っぽく笑って見せた。エリザベートもコンスタンスを見送って、扉に手をかけた。
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