第171話 燃える屋敷の戦い 前‐3(やや流血あり)
――屋敷の三階にいる敵のことは考えない。
マリアは盾を構え、バリスタを準備する騎士のほうへ狙いをつけた。クロスボウの矢が飛んでくるが、気にしない。運よく盾にでも当たってくれればいい。
バリスタについた騎士はマリアとエリザベートとどちらを狙ったものかこの時点では決めかねている。選ぶ余裕があるからだ。その余裕が無くなれば、マリアを狙うほかないとわかる。片割れも気にはなるが、こちらの命を狙っているのはマリアのほうだからだ。
また三階のバルコニーにいた射手はかなり腕がよかった。鉄柵さえなければ走っている馬を狙い撃ちに出来たはずだ。けれどもバルコニーから狙える位置は馬の頭とマリアの上半身で、マリアは盾で出来る限り体を隠している。
一発目は草むらのほうへ消えていった。二発目はマリアの身体の近くを掠めたが、やはり当たらなかった。三発目、鉄柵に体が完全に隠れるころ、盾の中心――もし盾がなければ、心臓に当たっていたはずだ――に命中した。マリアの身体が揺れる。並の射手なら、舌打ちをして屋敷へ報告に戻っている。
バリスタについた騎士は限界までマリアを引き付けていた。バリスタの精度はそれほどよくはない。元々大きな対象を狙うものなので、近くても大きくて30㎝ほどのズレがでる。できるだけ近距離――それも、向こうがスピードを緩めるタイミングで、絶好の一撃を放たなければ、命中させられるとは言い切れないのだ。
スピードを緩める根拠はあった。どこかで彼女は馬から降りて、こちらを攻撃しようとしてくるはずだし、そのときにトップスピードを維持していては、とてもじゃないが安定した姿勢で着地できないはずだ。バリスタを避けて自分の横や、通り過ぎてから降りる――それも考えられるが、もしそうするなら、こっちにはクロスボウもある。馬をターンしたり、止めたり、その瞬間に撃てば、命中させることはできる。その自信はあった。
バリスタの形態を変えることができていたら。鉄芯を何度も撃つ形態に変えることができていたら、その必要もなかった。鉄芯をうつことのできるバリスタは、先ほど予言の民たちによって破壊されていた。あれが壊されてさえいなければ。騎士はそのとき、ちらりとそう考えた。結局のところ、向こうが真っすぐ走ってきているから、こちらは限界を強いられているのだ。
まったく信じられない。普通なら直線に走ってきている敵を撃つのなんて簡単だ。いくら精度が悪いといっても、向こうは馬なのだ。そんなに小さな的じゃない。それなのにどうしてこんなことをしているのか。それは、バイザー越しにでもわかる、圧倒的な視線の力だった。白銀の鎧を身に纏ったあの騎士は、こちらの筋肉繊維の一本まで把握している。撃つ瞬間を読み取り、馬を操ってバリスタの矢を避ける。あの騎士の迷いのない突進と視線には、それを信じさせるだけの迫力があった。
だから待った。待って、待って、待って、手遅れになってから、ようやく気が付いた。あまりにも近すぎる。そしてあまりにも、直線的過ぎる。馬と騎士が迫って来る!
馬を走らせたとき、マリアが考えていたのは一つだけだ。
どうぶつかれば向こうをひっくり返せるか。速度を落とすことなど少しも考えていない。速度を落とせば撃たれることをマリアは重々承知している。だから速度は落とさない。速度を落とさず、敵を倒す方法を考える。
どうしてだかみんな馬を大切にするものだと思い込んでいるんだ。でも馬なんてただの移動手段にすぎないし、大切にするものだと思われてるなら、大切にしないことで敵の隙をつける。
馬を突進させたのは実ははじめてじゃない。前に戦場で同じ方法をとったことがある。あの時も動機は同じ。どうにかして敵の後ろに飛び込んで、敵の頭をかち割るためだ。
そして三つのことが起った。マリアを乗せた馬は最高速度を保ったまま、バリスタへ激突し、馬が空中で一回転をした。これが一つ。バリスタの前足が折れ、衝撃で騎士が投げ出される。これが二つ。そして三つ目は、激突する寸前、飛んできたクロスボウの矢が、馬の頭を貫いたことだ。屋敷のバルコニーにいた射手が鉄柵の細い隙間を通し、馬を射抜いたのだ。
これによって馬は予定より早く転倒した。目的達成には十分だったが、マリアはしたたかに体を打ち付け、体に激しいダメージを負った。
それでも彼女は立ち上がった。バリスタから投げ出された騎士は、足の骨を折ったのか、上半身だけ起こして、クロスボウでマリアを狙う。マリアが盾でそれを受ける。騎士は身を後退させながらも矢をつがえ、もう一度撃つ。またマリアが盾でそれを受ける。
マリアは三本目の矢をつがえようとする騎士の喉を剣で貫いた。騎士は驚いたような顔になり、クロスボウを落として喉に手をやった。隙間から血が流れ出る。マリアは更に奥へ、剣先が背中から突き出るほどに剣を押し込み、引き抜いた。
騎士がその場に斃れる。
マリアは剣の腹についた血を指で挟んで拭き取り、ため息をついた。
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