第170話 燃える屋敷の戦い 前‐2
マリアは切っ先を避け、カウンター気味に剣を敵の胸に突き刺していた。剣先が肉を貫き、また、反発される感覚。重く深く突き刺さった剣はそれだけで敵を絶命させるには十分だったが、お陰で抜くのに少し苦労が要った。マリアはその男を蹴り、後ろに下がって勢いよく剣を引き抜いた。そうしなければ間に合わないからだ。視界はその間にも別の襲撃者を捉えていた。
ここでようやくはっきりと、マリアは相手の正体を見極める。敵のツルハシが振り下ろされるのと、マリアがその攻撃をかいくぐり、腹部に致命傷を与える間。
木製の仮面と、民族衣装のような恰好。手製の武器。悩むまでもない。”予言の民”だ。マルカイツ邸を襲ったのは恐らくこいつらとギルダー・グライドで、こいつらはこいつらで敗走中に違いない。カルトの構成員ごときが勝てる相手じゃないのだ。騎士というものは。
マリアは向かってきた敵の腹を掻っ捌き、その腰に巻かれていた骨製の短剣を奪い、戦車を挟んだ向こう側からやってきた敵目掛けて投てきした。
「マリア!」
エリザベートが荷車から顔を上げ、マリアを呼ぶ。
「伏せていて!」
敵は2-2でこちらを挟撃してきていた。骨剣が胸に刺さって狼狽している”予言の民”を、切り伏せ、至近距離まで迫ってきたもう一人の胸倉を掴み、頭突きを喰らわせる。密着した状態で向こうには剣を動かす余裕を与えず、鼻骨が折れる音を聞くまで頭突きを加え、最後には殴り倒した。黒い天井を見上げている”予言の民”の仮面を外すと、朦朧とした溶けたような顔が現れた。マリアはその顔を足と鎧の重さで踏み壊した。
敵はまだいるはずだ。こっちを攻撃してきたのは馬を奪うためだろうが、四人じゃないだろう。それにギルダー・グライドの騎士団はもっといるはずだ。奴らがどこにいるかまだわかっていない。
マリアはとにかくこの場に居続けるのはよくないと考えた。あの夥しい死体は両陣営がぶつかった跡だろうが、知らず知らずにそんな状態の場所に来てしまったのだ。とはいえ、向こうのバリスタにいきなり撃たれなかったのは幸運だろう。
マリアは馬の横に立ってその尻を軽く叩いた。馬が驚いて騎手を待たずに歩き出す。
エリザベートがこちらを見ている。コンスタンスは耳を塞ぎ、戦車の中で丸くなっていた。
「行きましょう」
エリザベートが言った。マリアは次の行動について口にしようとしたが、今度はクロスボウの矢でその言葉を遮られた。屋敷の二階からだ。それから正面にも一人いる。
マリアは坂道を下る戦車の後ろにつき、エリザベートと視線を合わせた。
「どうするの?」
「マスクを」
マリアはエリザベートの質問には答えず、静かに、異様なほど落ち着いた声でそう命じた。エリザベートは口をつぐみ、荷車の端に落ちていたマリアのバイザーを渡した。
マリアの鎧は突き出した部分が少なく、線が細い。装甲も薄いフリューテッド・アーマーで、クロスボウ対策をしている鎧と比べるとどうしても敵の攻撃を受けやすい反面、動きは速い。白銀に輝くその鎧は、数年前の戦争でも彼女が着たものだ。彼女のバイザーも、彼女が当時つくらせた。蛙の口に似た奇妙な形のバイザーを被ると表情が見えなくなり、彼女から人間性が失われる思いがした。
「馬を一頭借ります。私があの二人を片付けますので、あなたがたは屋敷に侵入を。手前の燃えている木の近くにあるゲートをお使いください。敵がいたらこちらへ。いないなら、後は自分で考えてください。もしものときがあっても、それは使わないでください」
マリアが荷車に落ちていたクロスボウを指さして言った。
「抵抗したらすぐ殺されますので」
エリザベートが手を伸ばしかけていたのに気が付いていたのだ。
「そんなもの使う必要はない」
敵の射手は、この間にも馬を狙って撃ってきている。もう少し近づけば、確実に命中させられる距離に来る。
「マリア。あれ!」
エリザベートが射手の一人が正門の前に打ち捨てられたバリスタに乗ってこちらを撃とうとしてきていることに気が付いた。
チッ、と舌打ちをした。盾とクロスボウを鎧の腰ベルトに引っかけるとマリアは先に馬の片方を荷車から解放してその背中に乗った。もう一頭の首を叩いてバリスタの射線からずらし、猛然と馬を走らせた。
「後で! お嬢さま!」
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