第166話 ワイルド・サイドを歩け 後
四人は計画を話し合った。これから屋敷へ向かい、ギルダー・グライドと一戦を交え、家族を救い出す。
そのために必要なのは武器と人員、運と非の打ちどころのない作戦だったが、その中で戦闘技能を備えているのはマリアだけ。武器も彼女が持っているもの以外はほとんどなく、それ以上にないのが、時間だった。
「ギルダー・グライドが屋敷へ向かったのはあなたがフェリックス王と話す前です。その時点では屋敷は陥落していなかった。城から屋敷までは歩きだとかなり厳しい。ミューラーから使える馬の場所を教えられました。それを使って、荷物をなるべく減らせば30分かからずに屋敷につけるはずです。なにしろ今王都には”近道”がいくつもある」
「攻城兵器の通った跡ね」
アイリーンがマリアの言葉に付け加えた。
「問題は屋敷がどれぐらいで落とされるかです。あの屋敷の守りは周囲にぐるりとめぐらせた鉄柵だけ。警備の兵士はいくらかいますが、せいぜい強盗団を撃退できるぐらいの兵力です。本格的な騎士団を相手に出来る人数も、練度もない」
「私が王子の婚約者だったから、私設の騎士団がなくても大丈夫だと思っていたのよ。訓練施設から斡旋からお金がかかるしね。フェリックス王の庇護下にあるのにそんなもの必要ないでしょう」
「最悪なのはそれでしょうね。ギルダー・グライドが救援だと言って屋敷の前に現れれば、中に入れてしまうかもしれない」
「でも多分、それはない。もしそうならもう鳥が飛んできてるのではないかしら」
一行は灰と火の混じった空を見上げた。魔法の鳥どころか、普通の鳥さえも飛んでいない。きっと煙で窒息してみんな死んでしまったのだ。
時間がない。それは確かだ。マリアの目算では、直接対決した場合、屋敷が持ちこたえられるのは精々20分が限界だということだった。どれだけギルダー・グライドが慎重にことを運ぼうとしているかと、屋敷主であるエリザベートの父がどんな対応をしているか次第でその時間は伸びていくが、それでも多くて一時間ぐらいだろうということだった。
こちらにとって幸いなのは、フェリックス王がエリザベートに与えたチャンスを、ギルダー・グライドは知らないだろうということだった。彼らが急襲部隊である以上、ぼやぼやしているとも思えないが、こちらの横槍を警戒して急ぐこともないはずだ。
四人は話している間にも、出発の準備を進めていた。エリザベートらがミューラーの言っていた馬を確認し、マリアとコンスタンスは城の武器貯蔵庫から剣と盾と、いくらかクロスボウの矢を拝借していた。
「なにか策はあるの?」
「あなたがここへ来るまでに考えてはおきました。気に入っていただけるかはわかりませんが」
マリアはギルダー・グライドたちと戦う必要は、最低限度で構わないと考えていた。元々、二十余りの敵と正面から戦う気はないが、この戦いはそもそも屋敷内の家族を救出することが目的なのだ。エリザベートは彼らを脱出させればいい。
マリアの考えていることは、作戦というよりも絶対に必要な行動のリストだった。一つ、隠し通路の確保。二つ、屋敷内の探索。三つ、なるべく見つからないように脱出。
「それがあなたの考えてたこと? ほとんど正面突破みたいなもんじゃない!」
「ええ。なので自分からは言い出さなかったんです……」
「ああ、もう! ずっと行き当たりばったりだわ。不利なんだし、時間もないからそうなるのも仕方ないのかもしれないけれど……」
「シャルル様に協力を仰ぐのはどう?」
アイリーンが横から口を挟む。
「シャルル様……」
エリザベートは思案する。状況を考えれば、絶対に味方になってくれるであろう彼に助力を願うのは、おかしいことではない。むしろ普通ならそうすべきだろう。しかし……。
「ダメだわ。彼はまだ、父親とのことでいっぱいいっぱいのはず」
それにアイリーンには言っていなかったが、シャルル王子の”お付きの騎士”であるエドマンドはフェリックス王に忠誠を誓っていたのだ。配下の人間たちも違うとは言い切れない以上、どのみちシャルル王子に頼ることはできなかった。それにフェリックス王は、息子が手を貸すことを許さないかもしれない。
(ほとんど不可能だから与えられた”機会”なのでしょうしね)
言葉の裏に隠されたものをどれだけ読み取ったかはわからないが、アイリーンは納得したように「そうか。そうね」と呟いた。
数分後二人は、馬を連れて城門の前にいた。戦闘はもうほとんど小康状態になっていた。ぼうぼうと炎の揺れる音がして、煙の向こうに破壊された街があった。
エリザベートとアイリーンは、マリアとコンスタンスを待っている間、二人して地面に放置されていた木箱に座っていた。木箱は湿っていて重たくなっており、湿気のせいか、辺りに火や戦いの残滓があるというのに、冷たかった。
こうしてアイリーンと隣り合う日が来るなんて、思いもしなかった。
エリザベートとアイリーンは遡行前から、そして遡行した後も敵同士だ。それはほとんど一方的なもので、エリザベートだけの思慕とも言える。アイリーンは自分の騎士であるハンスのことは別として、エリザベートに特段の悪感情も持っていない。眼中にないような態度が、気に入らなかったんだろう。
このときも会話はほとんどなかった。一つだけ、必要なことを確認した以外は。
「悪いけど、あなたも連れては行かない」
城門についてすぐ、エリザベートはアイリーンに向けて言い放った。
彼女は驚きもしなかった。肩をすくめ、笑って見せた。
「そういうと思ってた」
「そうなの?」
「これはあなたの戦いだものね」
「そうよ」
エリザベートは強くその言葉を発した。アイリーンは頷いてから、でも――と続けた。
「のけ者にするからには、絶対に成功させてね。ジュスティーヌはあなたの妹だけど、私の友達でもあるんだから」
アイリーンとはそれ以降、なにも話さなかった。やがてマリアが馬を引き連れて現れた。
エリザベートが文句を言った。
「ちょっと! 遅いわよ。馬ならこっちで用意したけど?」
「わかってます。ただ武器を探してる最中に見つけたもので、ここまで連れてくるのに少し手間取りました」
馬が城門を通る。二頭。茶色い毛並みをした筋肉質な二頭の馬。彼らは後ろに、大きな武器を牽いていた。攻城兵器に打ち込んでいたという、バリスタだ。バリスタを載せた荷車の端に、何食わぬ顔でコンスタンスがちょこんと座っている。
「コンスタンス、あんたも行くの?」
エリザベートは先にコンスタンスへ声をかけた。
コンスタンスは小さく頷いた。
マリアが困ったように言った。
「私も危険だとは伝えたんですが」
「ううん、いいの。あんたも屋敷の一員だものね」
マリアがまたぞろ”あなたがそういうのならいいですが”という顔をする。けれど彼女も、コンスタンスだってなにもわかっていなくてついてこようとしているわけじゃないと考えていた。
「ま、いいでしょう。いざとなれば馬には乗れるでしょうし」
そしてマリアとコンスタンスも、アイリーンに軽く別れの挨拶を済ませ、それぞれがそれぞれの位置に着いた。
「じゃあ、行ってくる」
マリアがアイリーンに向けていった。
「じゃあね」
アイリーンがそういうと、マリアは荷車を牽く二頭の馬に鞭を入れ、全速で白煙のほうへ駆けていった。アイリーンはそれを見送っていたが、しばらくすると踵を返して城門の中へ入っていった。
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