第167話 心ないということ 前

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 城内。作戦指令室。王とその配下たちが話し合うその一室に、二人の人間がいた。一人は、フェリックス王。この国の最高権力者。そしてもう一人はエドマンド・リーヴァー。ただの騎士だ。特に今に限って言うのであれば。


 フェリックス王は、今しがたシャルル王子を部屋から見送ったところだった。それまではずっと話をしていた。この国のことや民衆のこと。シャルル王子が父親に聞きたかったことだ。


 シャルル王子はフェリックス王に善性を見出そうとしていた。どうにか彼から、民衆を慮るような言葉を引き出したいようだった。フェリックス王はそれが面白くて、ずっと明言を避け、会話を引き延ばしていた。エドマンドから「いじめすぎですよ」と言われるぐらいには。確かに、はた目から見れば父親が息子をひどくからかっているように見えただろう。だがフェリックス王は趣味と実益を兼ねる主義なのだ。


「息子には強く育って欲しいんだ……いわば親心というものだ。人の善性にすがろうとするなどということは、王になるには相応しくない」


 第三王子である以上、王になるかはまだ未定であるが。


 エドマンドはため息をついた。シャルル王子に付く前、彼はフェリックス王の親衛隊の一人だったのだ。なにか気に入られたのか、エドマンドはフェリックス王の本性を知る数少ない人間の一人だった。


「それだけではありません。彼の婚約者に対してもです。なんですか、あれは。ギルダー・グライドから家族を救出? ほとんど不可能じゃないですか」


「ほう」フェリックス王がからかうような顔をエドマンドに向けた。かなり嫌な予感がする。「君にはそう思えたか」


「そりゃあそうでしょう。戦力差は歴然としている」


「まあ、そうかもしれないな。確かに困難を極めるだろう。そこは否定しない……だがな、あれはいじめたわけじゃない。それぐらいの危機を乗り越えられないのであればあそこで死のうと僻地で一生を過ごそうと変わらないということだ。エリザベートは私の提案を成功させられるぐらいじゃなきゃ、盤上に残して置く意味がないんだよ。不必要なポーンがチェス盤の隅にあるようなものだ。ポーンが勝手に動いてクイーンになってくれるのを待つ。あるいは勝手に死ぬのを。彼女は動き出したか?」


 エドマンドは窓の外に視線を投げた。


「ついさっき、出発したところです。まだ鳥は来ていない。恐らくかちあうでしょう」


「そうか。では我々も別な仕事に移らなければならないな」


「なんですか?」


「原稿を、書くのだ。作家を連れて来るよう、外の兵士に言っておいてくれ。内向けに一人と、外向けに一人ずつだ。真実に基づく物語ベースド・オン・ア・トゥルーストーリーを綴ってもらおう」


「”真実”はどうするんですか?」


「あんなもの放っておけ。面白くもない」


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 フェリックス王とエドマンドが話しているころ、王都のはずれ、貴族たちの邸宅が集められた地域に、一塊の群体がいた。群体はある屋敷の近くに展開し、そこへ留まっていた。


 群体の中心には、控えめな装飾のマスクを被った騎士が一人。ギルダー・グライドはそのマスクを脱ぎ、外の空気を肺に取り入れた。


 ギルダー・グライドは大きな黒目が特徴的な、病的に白い痩せた男だった。ナナフシのように手足が長く、ぎょろぎょろと眼を動かしている。


「この辺りは冷たい……どうしてだかわかるか?」


 ギルダー・グライドは近くにいた騎士へ声をかけた。


「わかりません」


「放射冷却というやつだ。怒りに燃える民衆たちの心が折れ、クーデターが起る前からそこにあった熱までも奪っていったのだ。だからこの辺りは冷たい」


 空は王都の火を映し、夜明けを錯覚させる。実際にはここは真夜中で、誰もが騒乱の余震を恐れ、部屋の中で丸くなっている。とてもじゃないが、新たなはじまりなど予感していないはずだ。


 赤い光がギルダー・グライドの青白い頬を舐めた。


 副長と見られる女性の騎士がギルダー・グライドのもとに現れ、膝をついた。


「報告します。見張りは全部で五名。北側に一名、東側に二名、西側に二名です。南側には門戸がありません」


「隠し通路は?」


「三か所中二か所を発見しました。残るひとつは、どうなさいますか」


「待たなくていい。二人ほど捜索に当たらせろ。発見した通路はどちらも破壊しておくように。我々は部隊を二つに分け、片方は今からマルカイツ邸は突入。敵を殲滅する。”マスターキー”を用意して待機。もう片方は突入後、戦車を正面に回して敵の気を引け」


「了解しました」


 副長が他の騎士へギルダー・グライドの指示を通達させる。


 ギルダー・グライドは彼らの準備が整うまで、屋敷をじっと眺めていた。

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