第160話 フリュイドするサスペクト 後
フェリックス王は顎に手を当て、にやにやと笑って見せる。そしてからかうような口調で言った。
「質問をするとき人は、大抵その答えを知っているものだ。だがまあ、ここで今さら引き延ばしても意味はない。いいだろう。教えてやろう」
フェリックス王が鳥の入った水晶をもういちど手に取り、エドマンドに向かって投げる。エドマンドはそれをキャッチする。中で鳥が蠢いた。
「あの鳥は、あることを意味している。わかるか?」
「……いいえ」シャルル王子が答える。
フェリックス王はエドマンドに水晶玉を投げさせる。キャッチすると、また鳥が蠢く。フェリックス王は中の一匹を指さした。
「黄色は敵を排除。赤色は確保。青は逃走。緑色は懐柔に成功。そして黒色は、最大目標の達成。まあ、黄色と赤色と黒以外は憶えなくてもいいが――これは軍で使用している一種のサインなんだよ。中にいるのは黄色が一羽。赤が二羽だ。黒い鳥はまだいない。これが意味するところは?」
「四名の……王の指」
「正解だ。よく聴いていたな」
正確には、フェリックス王がクーデターの黒幕に指名した四名だ。全員がアドニス・ケインズのスケープゴート。
「企みは潰すよりも利用する方がいい。私はエコロジストなんだよ。シャルル。アドニスの計画を知ったとき私は、喜んだよ。計画は綿密とまではいかなかったが、クーデターの規模を考えれば短期間でかなりよく練られていた。お陰で私に事前準備はほとんど必要なかったぐらいだ。あのバリスタを除いてね。あれは――まあ少々苦労したが、幸いなにもなくても作るつもりだったから、モノが出来上がれば後は秘密裏に使い方を教えるだけだった」
フェリックス王は内に秘めた力を持て余すかのように部屋の中をうろうろ歩いている。
「アドニスの計画の好きなところは、迅速かつ、逃げ道をきちんと用意していたところだ。自分の姿を見せない。グザヴィエ・マルカイツに古代遺跡に眠る貴重な遺物について吹き込み、責任者をさせる。カダルーバ人と繋がっているように見せかけた手は、いやはや見事だった。私の”見張り塔”が優秀でなければもう少し面倒があっただろう」
「裏工作は終わっていた、というわけですか」
「そうだシャルル。わかってきたな。あの男は失敗しても逃げおおせる時間を稼ぐ策をいくつも考えていたわけだ。まあ失敗に終わったが。このクーデターが脳を失ったとき、私は代わりに脊椎を操って、計画を続行させた」
つまりフェリックス王は、アドニス・ケインズの計画を乗っ取った。クーデターにかこつけて政敵を排除することにしたのだ。ギルダー・グライドも、フェリックス王から直接命令を受けていたことになる。
「懸念点は、懸念点はだな。あのアイリーンという男爵の娘だな。あの子は現れるまでまったくのノーマークだった。単独で行動するようだったら少し対処が必要だったかもしれない。バイタリティと才能に溢れているからな。だが幸い彼女はお前と行動をした。だから特にこれといって、問題はない。お前の婚約者はなんというか……自分から蚊帳の外へ歩いていくようなところがあるからな」
「ギルダー・グライドに有力者の子供たちを移動させたのは、拘束をスムーズに進ませるためですね。彼らを人質にするか、あるいは隠し通路の場所を教えさせた」
フェリックス王は頷いた。
「そんなところだな。実際、上手く行ったよ。ハッキリ言って頭の腐った連中ばかりだが、子供には並々ならぬものを持っている。何百年も続いている”家”を存続させることに、命を燃やしているからな。子供が何人もいるようなところも、特に母親は助けたがるものだ。上手く行かなかったのは、お前の婚約者だけだな。あの騎士……そこそこ名前が売れているとはいえギルダーの騎士団から選んだ精鋭三人を難なく倒せるとは思っていなかった。しかもそれがこの城で最も権威ある騎士の愛弟子ときた。運命のいたずらというやつかもしれないな」
フェリックス王は水晶を台座に戻した。
「だがまあ、問題はない。ほんの少し損耗があるだけだ。今頃ギルダーが自ら兵を率いてマルカイツ邸に押し入っているところだ。悪いが君の両親と妹には死んでもらうことになるだろう。クーデターの証拠は……床下から出てくる。恐らくは」
エリザベートはその言葉が合図であったかのように踵を返し、部屋の外へ出ようとする。ここでこれ以上、あの男と同じ空気を吸っていれば、それだけで窒息してしまいそうだった。
扉の両側に立っていた兵士がエリザベートの行く手を阻んだ。
「どいて」
エリザベートが言う。頭がくらくらする。高熱にうかされているように現実感のないまま、そこに立っている。
「どけって言ってんのよ」
エリザベートは無理やり通ろうとしたが、兵士たちは頑として動かない。
フェリックス王はエリザベートを指さした。
「君はよく頑張ったと思うよ。この城に辿り着くまでに、随分な苦労をしたようだね……。アドニスの名前も君がシャルルに教えたんだろう? はは。並々ならぬことがあったはずだ。私の予想を裏切ってくれたお礼として、君にチャンスをやろう……」
エリザベートは振り返り、フェリックス王を見た。
「まだ黒い鳥は来ていない。ということはつまり、まだマルカイツ邸は落ちていないということだ。もし君が今から、家族を救い出せたなら、黒幕の役は君の父親ではなく、別の人間にしてやってもいい」
なにも言えることはない。
「できなくても、君のことは殺さないでおいてあげる。息子の婚約者だった娘だ。辺境で一生を過ごすことになるだろうが、まあ平穏に暮らさせてあげよう。さあ、どっちを選ぶ?」
フェリックス王はすべてを言い終えると、扉の前にたつ兵士に向かって顎をしゃくり、その場からどかせた。エリザベートはよろよろと歩き始める。
背後ではシャルル王子とフェリックス王が新たに口論をしていた。その声はエリザベートの意識からどんどん遠ざかり、やがて幾重もの石壁を挟んだ、どこか別の場所の出来事に感じられるまでになった。
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