第156話 ゼロ・トレランス 後-1
果たしてシャルル王子に事情を話したときの反応は、ジョン・ミューラーとはまた異なるものだった。
ミューラーもシャルル王子も難しい顔をしたのは同じだったが、ミューラーのそれと違い、シャルル王子の悩みはもっと明解で、近しいのだ。
「そうか。ギルダー・グライドが……」
「そうなのです。このままここにいても安全かどうかわかりません」
シャルル王子は頷く。
「彼がどういう動きをしているかはわからない。でも実は僕もこのクーデターにはおかしな点があることは思っていたんだ」
「というと?」
「僕たちが、君たちが学院を発った後、同じように騎士たちの案内で城を目指したのは、知っているだろう? そのとき僕たちは、学院もいつまた攻撃されるかわからないからと説明されたんだ。僕もそのときは外の状況がまったくわかっていなかったから、彼らに従わない理由もなかった。実際、学院よりも城にいた方が安心できる人もたくさんいたしね。リスクはあるが、やる価値はあるかもしれないと思ったんだ。
彼らに先導されて、街を歩いた。思った通り、戦火に包まれた街、夥しい死体の山。でも妙なことに敵兵があまりいなかった。もっと難しい行軍になると思っていたのに、襲ってくるような敵兵は少数だったよ。
この時点ではまだ、あまりわかっていなかった。僕が決定的に変だと思ったのは、あの攻城兵器を見た時だ。君たち、学院から歩いてきたなら、途中で破壊された攻城兵器を見ただろう? あの巨大な鉄塊さ。あれが破壊されるところを、僕たちはその眼で見たんだ。
トゥーウォーク・アベニューから隣の路地へ移動している最中だった。大きな駆動音はずっとしていたけれど、まだ本体は見えていなかった。トゥーウォーク・アベニューには大きな時計台がある。攻城兵器はそれよりも大きかったけれど、下から見るとまだ陰に隠れていた。
それが実際に見えたときは、驚いたものさ。あれは遠目ではわからない暴虐さを持っていた。古代兵器の得体の知れなさを僕は少しは知っていたつもりだったけど、全然だったね。大きな鉄の塊が家屋を破壊して進むのを見て、怖くなったよ。この国が滅んでしまうんじゃないかと、そう、思ってしまってね」
シャルル王子は憂いのある顔をして、ほんの少し俯きがちだった。
「でもそうはならなかった。本題はこれからだ。僕たちは迂回して鉄塊を避け、城を目指した。そして到達したとき、ちょうど、城門のすぐ近くまで別の攻城兵器が接近していたんだ。騎士たちがなにか用意しているように見えた。そして城門が開き、数台の大きなバリスタが現れたんだ。見たこともない形をしていた。何人がかりでしか動かせないような複雑な構造で、機械仕掛け。だが、あれは、古代兵器ではない。ノウハウを受け継いではいるのかもしれないが、今作られたものだ。なぜわかったかって? 簡単なことさ。うちの家の紋章が刻まれていたんだ。側面に大きく。それが巨大な矢を放つと、あっさり攻城兵器の装甲を貫いた。随伴歩兵たちがバリスタを破壊しようと走り寄ってきた。
そしたら今度は、門の奥から戦車がやってきたんだ。荷台に小さなバリスタを載せた戦車が何台も現れて、矢の雨を降らせた。向こうはひとたまりもなく、斃れてしまった。問題はね」
長い言葉のあとで息が詰まったか、シャルル王子がつばきを飲み込む。
「問題は……あんなものどう考えたって、ずっと前から用意してなければできる運用じゃないっていうことだ。そうだろう? マリア」
シャルル王子が話を振った。エリザベートも振り返ってお付きの騎士の顔を見た。
「実際に見たわけではないのでなんとも言えない部分もありますが……確かに話を聞いている限りでは、きちんと連携のことまで考えている感じはしますね……」
「つまりそれは……」エリザベートが言葉を引き継ぐ。「御父上はクーデターのことを事前に知っていた可能性があると? それに古代兵器が使われることも?」
シャルル王子が溜息をつく。そのことをずっと考えて、悩んでいたのだ。シャルル王子にとって父親であるフェリックス王は聡明にして誠実、彼の永遠の目標なのだ。ずっと見て追いかけていたはずなのに、まったく見えていなかった箇所があったのかもしれない。確認することを恐れながらも、また、確認しないことを恐れてもいたのである。
シャルル王子は決心を決め、顔を上げた。
「そのことで実は僕も、父上に会いに行くつもりだったんだ。君も来るといい。疑問があるなら、伝えるべきだ」
「そうです。アドニス・ケインズのことはお伝えいただけましたか」
シャルル王子は忘れていた、という顔をした。エリザベートは想像がついていたので、あまりがっかりはしなかった。
「そのことについても、君から伝えるのがいい」
そしてシャルル王子は、アイリーンにこの場に残って彼らを――市民たちを見ていて欲しいと伝えた。
アイリーンが不安げな顔で頷く。去る前にエリザベートはもう一つ、気になっていたことを訪ねる。
「クレアと、それからエドマンド・リーヴァーはどこにいるの?」
その場にはアイリーンのメードであるクレア・ハーストとシャルル王子のお付きの騎士であるエドンド・リーヴァーがいなかった。
「エドモンドは城で用があると言っていたな。クレアも別件で城に手伝いに駆り出されているようだ。学院から来た使用人たちの一部が連れていかれているよ」
「そうですか……」
納得できない理由ではない。有事であればそういうこともあるだろう。それなのにエリザベートは、言い寄れぬ不安を感じていた。
ミューラーが言っていた”けりをつけるべきだ”という言葉。あの言葉が背後から迫ってきているように思える。それにメアリーのこともそうだ。フェリックス王に会えば、「行けばわかる」という意味もわかるのだろうか。
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