第154話 ゼロ・トレランス 中-1
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「そういえば、まだちゃんと聞いていませんでしたね。どういう流れだったんです? 私たちを見つけたのは」
マリアが先を歩くミューラーに質問した。ミューラーが言うにはシャルル王子は他の避難してきた学生たちと共に中庭におり、彼らを落ち着かせようとしているという。エリザベートたちが入ってきた場所と中庭はやや離れたところにあるので、話をする時間はあった。
ミューラーが先頭に立ち、コンスタンス、エリザベート、マリアと続いていた。騎士二人で護衛対象をサンドする形だ。なんの示し合わせもなく歩き出したらその形になっていた。
「流れっていうほどのものはない」言葉に奇妙な険を感じたミューラーが、困ったように言った。「私は今、指揮をマーリンに……副団長に任せていてね、他の門を見て回っていたんだ。そうしたらたまたま――本当にたまたま、君らのことを話している連中に出くわしてね。追い返されそうになっていたから、手を貸したんだ」
「それはずいぶん……都合のいい話ですね」
「お前たちにとってはね。私は”彼ら”に眼をつけられてしまっただろうな。……ま、それは今さらか」
「彼らって?」
エリザベートが口を挟む。ミューラーの代わりにマリアが答えた。
「漠然とした隠しごとの根っこにいる連中のことをそうやって言うんです。別に相手の正体がわかって言ってるわけじゃありません。
この手の言葉遊びはいろいろあるんです。私たちというのでも我々というのでも意味が違いまして。私たちとか俺たちというときは単にそのものの意味を差しますが、我々と言ったら逆らいづらい上の決定なんかを皮肉ってそう言ったりするんです」
「へえ……」
「気にしなくても構いませんよ。一部の騎士たちの間で流行ったくだらないジョークですから」
「残念ながら陰謀に関してはジョークとも言い切れないようだが」
ミューラーがマリアの言葉を引き取ってそう纏める。その背中を不服そうに見つめるマリアを見て、エリザベートは不思議に思う。
「さっきから思っていたんだけど……二人ともどんな因縁があるわけ? あなたも、マリアも、なんだか変な態度だわ」
ミューラーのエリザベートなどに対する外面を整えた一面を見ていると、すぐ近くにいるマリアを相手に後ろめたさを滲ませてるのは、外面を整える意味を薄れさせているように思える。マリアもマリアだ。ミューラーは少しも責められるようなことはしていないのに、ずっと刺々しい。どう侮られようがシニカルに笑って流すマリアの姿を見てきただけに、違和感を覚える。
「もしかして、前に交際していたとか?」
「ご冗談を」マリアが言う。「付き合っていたのは彼の妹とです。私の”趣味”を知っているでしょう」
「ああ……なるほど」
エリザベートが得心いったという風に声を漏らした。大方いい別れ方はしなかったに違いない。ミューラーに糾弾され、騎士団に居づらくなったとか、そんなところだろう。
「話すのか?」
ミューラーがマリアに言った。
「別に話してもいいでしょう。もうとっくに終わった話だ」
マリアが言葉を続ける。
「私が騎士学校を卒業した後の話です。彼は学校の指導教員もやっていたので、互いをそれなりに知っていました。だから誘われたんです。彼の騎士団にね。ま、この話は知っているでしょうが」
「一か月でやめたと聞いたけれど」
「いや、そこまでではないです。三か月ぐらいはいましたよ。とにかく、私は騎士団に入りました。そして――自分で言うのもなんですが、団長とは特別懇意にさせてもらっていた。彼の家でディナーを一緒にさせてもらったこともあります。彼女と出会ったのもそこでした。マイカ・ミューラー。団長の妹です。私と年は同じぐらいで、こっちはこっちですぐ仲良くなりました」
「それがどうして今みたいになったわけ?」エリザベートが口を挟む。
「当時私は騎士学校を卒業したてでした。趣味については知られていたのでね。まあ擦れていたんです。それが学校や家よりずっとマシな空間で過ごせるようになったんです。けっきょく、擦れていただけで強くもなかった私は、心に大きな隙をつくってしまった。だからマイカと付き合ったんです。
はじめは楽しかったですよ。でも噂っていうのはたつものですから。いつの間にか、私がマイカを脅して関係を持とうとしているなんて話になったんです。それで騎士団から追い出されたんです」
「え? え? なんだか最後、凄く飛んでない? 私の気のせい?」
「いえ、気のせいじゃありませんよ」ミューラーが口を開いた。「マリアは重要なことを話していない。私は愚かにもその噂を信じてしまった。だから彼女を追いだした。妹から真実を聞いたのは少し後のことでした。あの時のことは、ひどく後悔している」
「いえ、私たちにも非はあったんです。流れた噂の出所は、他でもない私たちだったものですから」
マリアが淡々と言う。
「はじめからそういう取り決めだったんですよ。付き合うけど、もしバレそうになったら私がマイカに無理やり迫ったような話にしようって。それが互いのためでした。マイカはいずれ結婚することが決まっていましたから。もうしたころですか?」
「いや、まだ未婚だ」ミューラーが言った。「そういう関係だったと知ったときにはすでに遅く――それに、いまさらどう弁解していいかもわからなかった。私にできることは、仕事を斡旋することぐらいでした」
「ひっどい話。悪いけど、あなたの妹、どうかしてるんじゃない?」
「どうかしているところが好きだったんですよ……」マリアがどうしてだか遠い目をしてそう言った。「彼女といるのは心地よかった。今はあんな恋愛をする気はありませんが、あまり後悔はしていません。彼女がどうかしているなら、取り決めを呑んだ私も同じですしね」
「それはそうかもしれないけどね……。でもどうして、それならまだ二人にわだかまりが残ってるの?」
「人の心の複雑で身勝手な特性のなせる技、でしょうかね……」
マリアが苦笑いを零す。
「自分を大事にしてね、マリア」
ミューラーとエリザベートに挟まれたコンスタンスが、マリアへ振り返りもせずにそう言った。マリアは「そうするよ」と返した。
そんな話をしているうちに、中庭に着いていた。
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