第153話 ゼロ・トレランス 前
エリザベートはジョン・ミューラーに概ねの事実を話した。学院から移動していて騎士に襲われたことや、どうしてだか護心騎士に眼をつけられているらしいこと。短い話だった。オクタコロンやメアリー・レストのことは当然、話していない。話を拗らせる意味はないのだ。
ミューラーはエリザベートの話を全て聞き終えると顎に手を当て、悩むようなそぶりを見せた。聖ロマーニアスで行われている胡散臭いことに関して、自分がどちらの陣営にいるのか考えているのかもしれない。
「うん……」
実際にどう考えていたのかはわからないが、ジョン・ミューラーはいくらかの考慮のあと、エリザベートたちを王子のもとへ案内することに同意した。
「ありがとうございます。今夜はまともな味方がまだいないものだから、助かります」
「いや、いいんだ。全体像が見えていないからなんとも言えない部分もあるが、私の信条を思えば、君たちに味方すべき状況だと思う」
「それは何故ですか?」
これを聞いたのはマリアだった。彼女はやや険しい顔をしていた。ミューラーも渋い顔になっている。エリザベートは先ほどの言葉を思い返す。この二人の間には、過去の因縁があるのだろう。
でもそんなことよりも、シャルル王子に会えるというのは、エリザベートにとって快哉をあげるべきことだった。彼の近くなら殺されることはまずない。婚約者の立場を利用して城で一番安全な場所にいさせてもらえるかもしれない。
そう思ったとき、ちくり、とエリザベートの心をメアリー・レストが突き刺した気がした。「なにか忘れちゃいないか?」そうメアリーは言っていた。
その通り。忘れちゃいない。彼女が言っていた、「シャルル王子に黒幕の名前を教えるだけで解決する理由」がまだわかっていない。
エリザベートの心が溜息をついているとき、ミューラーがちょうど、マリアの質問に答えを伝えていた。
「状況的に見て、権力の力が動いているのは間違いない。私は謀殺だとか謀が苦手なんだ。するのも見るのも。それに……なあ、マリア。私は昔とは違う。君がついているのなら、その令嬢はきっと信頼できるだろう」
意味ありげな言葉たち。マリアはその答えを聞くと、首の後ろを掻いて、「そうですか」と言った。
ミューラーは頷いて、今度はエリザベートに向き直った。
「そのうえで、あなたに言っておきたいことがある」
「なに?」
「このまま隠れて過ごそうと考えているなら、やめた方がいい。思うにあなたは今夜中にけりをつけないといけないだろう」
「なにに?」
「起こっていることのいくらかに。止まらず、動いているべきだ。個人的な意見だがね。でもマリアも、あなたも実は同じ考えなんじゃないか」
ミューラーが言う。こっちを見透かしているような目つきは気に入らないが、事実を言っていることも認めなくてはならない。
今夜生き残れたとしても、この先どうなるかわからない。そしてミューラーが言っているのは恐らく、今夜中でなければ陰謀を仕掛けている相手と対峙する機会は二度と訪れないということなのだ。
それはエリザベートが考えている理由と必ずしも同じではない。エリザベートはもっと漠然とした不安からそう考えている節がある。けれど確かに、ずっと心のなかで警鐘が鳴り続けていた。隠れたい。隠れて丸くなっていたい。でも対峙しなければ不安からは一生逃れることができない。
ふとマリアを見ると、彼女は「あなたのお好きなように」とばかりに腕組をしていた。こういうところ、頼りに想うこともあるけれど、むかつくこともある。
「そうかもしれない」エリザベートが言った。「あなたの言う通り。私は外に出るべきなんだと思う。でもそれは後で考える。今はシャルル様にお会いしないと」
ミューラーが首肯する。
「わかった。では、案内しよう」
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