第152話 なにかが道に落ちている 後-4

 道路を横断してやってくる人影は、他と少し違っていた。半分走るようにしてこちらに近づいてきて、明らかに重装歩兵ではなかった。


 顔が判別できる程度まで距離が近づくと、マリアはひどく驚いた顔になった。はじめは、眉を顰め、あれが知っている人間かそうでないかを見分けようとしているようだったが、この反応を見ると、知っている人間らしい。


 男は騎士の背後まで来ると、甲冑越しにこちらを見やった。背丈のわりに顔が小さく、ハンサムだった。エリザベートたちを通せんぼする騎士と同じぐらいの背だが、威圧感があり、それでいて穏健さを感じ取れる。周りを威圧しているというよりはただ一個体の存在として強固なオーラを放っているのだ。


「なにをやってる?」男が騎士に尋ねる。そして、マリアに向けて顎をしゃくる。「マリア」


「団長。お久しぶりです」


「団長?」


 エリザベートが復唱する。そして、目の前にいる人物が誰なのかに気が付いた。以前、懇親会の会場でシャルル王子の傍らにいた男だ。エドモンドの代わりに。


 ジョン・ド・フォン・ミューラー。王直属の騎士団のリーダーだ。有名な騎士爵であり、以前はマリアも所属していた私設の騎士団を率いていた。


「彼女は私の友人だ。通していい」


 ジョン・ミューラーが言う。


「ですが……」


 騎士が平静を装っているが、声から狼狽しているのが見て取れる。自分の受けた命令とどっちが重要か心の中でてんびんにかけているのかもしれない。


「ですが、なんだ。城は国民であれば誰でも受け入れる。そうフェリックス王は仰ったはずだ。ましてこの方は貴族だろう」


「上の決定なのです」


「上? どこだ? 君の上司か? なら問題ない。私は君の上司の上司だ。少し違うが、問題ない」


 護心騎士は甲冑のバイザー越しでもわかるほどに動揺した。心細そうにジョン・ミューラー、エリザベート、マリア、そして後方にいる自分の仲間たちを振り返ると、早口で「確認をとります」と言い、その場から立ち去ろうとした。


 それを止めたのもジョン・ミューラーだった。


「ちょっと待て。確認などいらない。このまま君と一緒に彼女たちを入城させる。いいな?」


「私にはわかりかねます」


「わかるさ。問題はない。では三人とも、ついて来てくれ。行こう」


 ジョン・ミューラーが腕を振って歩き出す。


 突然の好転にやや戸惑いはあったものの、三人はこれ幸いとジョン・ミューラーの背中に隠れて入城を果たした。金属の大きな柵の横に設置された、小さな扉を通る。護心騎士たちの間を通り抜けるさいに、彼らはひそひそ声でなにか話し合っていたものの、アクションはなかった。この国最高の騎士団長がいる以上、襲うなんてことは絶対に出来ないということだろう。


 門の内側は、大きく開けた構造になっていて、多数の人間に踏み荒らされて地面の土が硬くなっていた。左の方に掘っ立て小屋がいくらかと、小ぶりの林檎の木と控えめな庭があり、右側には石階段があり、そこを上がった先に、恐らくさきほど護心騎士たちにエリザベートを通さないよう言っていた文官が立っていた。手には作りかけの黒い鳥のようなものがあり、今まさにそれを空に飛ばそうとしていたようだ。


 文官は四人の姿を見ると大きく目を見開き。急いでこちらに降りてきてジョン・ミューラーに詰め寄った。


 会話は文官がかなり興奮していたためによく聞き取れなかったが、エリザベートたちを勝手に入城させた件について話しているのはわかる。文官の怒りをジョン・ミューラーはいくらも気にせずのらりくらりとやり過ごしている。


「騎士団長と友人だなんて、知らなかったわ」


 エリザベートがマリアの背中へ声をかける。マリアは上半身だけ振り返って、皮肉っぽく、しかし同時に繊細さを忍ばせた顔になった。


「私も知りませんでした」


 エリザベートは胡乱な顔になってマリアを見た。まったく冗談を言っているわけではないらしい。


「じゃあ、どういうこと? 友人でもないのに助けてくれてるの?」


「そうなりますでしょうか。ただもし彼が裏切っているだとか、彼が私たちを殺そうとしているだとかそういった気がかりなのでしたら、そこは心配しなくてもいいです。彼はそういうタイプではないので」


「よくわからない関係なのね……」


 ジョン・ミューラーと文官の言い争いはしばらく続いていたが、両者どちらも自分の意見を曲げる気はないらしい。結局、埒が明かないと見た文官が一旦折れ、「お前の行動は報告させてもらう!」とジョン・ミューラーとエリザベートらに宣言し、城の中へ消えた。


「まったく頭の固い奴だよ……。あの男は。知ってるか? あの男はダンテ・シルヴァ。新しい王城付きの占星術師なんだが、始終あの調子なんだよ。こっちもうんざりしてるんだ。……さて! この場はどうにかなったことだし、君たちのストーリーを聞こう。その時間はある」


 ジョン・ミューラーは軽い口調でそう言うと、城の石壁のほうへ指を振り、そちらへ移動するよう促した。

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