第151話 なにかが道に落ちている 後-3
護心騎士という名前を聞いて、密着しているコンスタンスの身体から緊張が解けるのを感じる。
無理もない。護心騎士団はこの国で最も信頼されている騎士団の一つで、王城直属の親衛隊の次に栄誉ある騎士職だ。主に城の防衛を任されている彼らは、有事において人々の盾となる。たとえ城が落とされることになっても、王室の人間たちと脱出などはせず、最後の一人まで戦いきることを信条としている。その頑固とも言える態度は、人々が彼らを信頼するのには十分なものだ。実力も申し分なく、今さら開催されるかどうかはわからないが、数か月後に開催される予定の国際試合でも護心騎士の何人かがリストアップされていた。
彼らならまかり間違っても裏切りなどはしないだろうし、自分たちを狙ったりもしないだろう。これで一息つける……そう思っていた。
エリザベートらは城の周りをぐるりと囲む円形の通りを挟んで向かい合っていた。戦火のせいで薄くかかっていたもやの中から三人の姿を認めると、護心騎士がエリザベートたちを呼び止めた。
「敵じゃない! 避難しに来た! 中に入れてくれ!」
マリアが代表して言葉を投げかける。
「一般市民は入城できない決まりになっている。屋内の安全な場所にとどまるか、指定の避難所へ迎え」
護心騎士がにべもなく言う。
「一般市民じゃないわ」
エリザベートが口を挟む。
一歩、前に進むと矢が飛んできて、地面に突き刺さった。
「やめろ! こっちは貴族だぞ! 入城する権利はある!」
マリアが叫び、エリザベートのまた一歩前に出た。攻撃の意思はないと伝えるためにか、腕を半分上げていた。
「お前たちが貴族かどうかはわからない。とりあえず名を名乗れ。上に確認する」
「石頭な連中だな……」
マリアが三人の名前を護心騎士に伝える。彼らのうち一人が城の奥へ引っ込んだ。本当に上に確かめに行ったのだろうか。エリザベートはひそひそとマリアに声をかける。
「本当に聞きに行ったと思う……? 私たちの到着を誰かに知らせにいったということはないわよね……」
マリアはエリザベートに顔を近づけて、同じように声を潜めて言った。
「護心騎士はみんなこんな感じなので、そういうことはないと思いますがね……。今の状況を鑑みて疑いたくなるのもわかりますが、そこは心配しなくてもいいと思います。それよりもこのままちゃんと入れてもらえるのかどうかが心配です」
城へ引っ込んだ騎士が戻ってくるまで、三人は通りの真ん中で突っ立って待っていなくてはならなかった。いつ矢が飛んでくるかもわからない。後ろから誰かに襲われる可能性もあるし、ここからは少し遠いようだが、戦いがここまでやってくる可能性もあった。とにかく中に入りたい。
そこへ、入っていったのとは別の人物が出てきて、護心騎士の一人に耳打ちをする。見た目からすると文官のようだ。こちらをちらちらと見ながら話している。
「時間が、かかるわ……」
護心騎士の一人がこちらまで歩いて来る。背がマリアよりも二回り以上高かった。ごつごつとした甲冑に包まれ、顔はまったく見えない。その騎士がエリザベートの前まで来る。
「エリザベート・デ・マルカイツ様。申し訳ありませんが、入城は認められません」
「はあ!?」
エリザベートが叫び声をあげる。ここまで来て門前払いなんてありえないことだ。理由を聞かなければならない。
「どういうこと? 私はシャルル王子の婚約者なのよ? あんたたちよりも立場はずっと上のはず。入れないなんてことあるはずないわ」
「上の決定ですので」
「ありえない! ふざけないで。さっさと入れなさいよ!」
そこからしばらくは押し問答が続いた。エリザベートがなにを言ってもなにを持ち出しても、にべもなくここから去るよう言ってくるばかり。段々とエリザベートはヒートアップしてきていた。護心騎士が感情を見せないことがますます精神を逆なでするようだった。
エリザベートが本当に殴りかかりそうになるのを、マリアが腕で制止した。彼女の視線は、騎士が帯びた剣の柄に集中していた。見間違え出なければ本当に、この騎士は剣の柄に手をかけていたのだ。
つまり貴族の令嬢だろうが王族の婚約者だろうが関係ないってことだ。
「斬り殺される前に立ち去りましょう」
マリアがエリザベートに耳打ちする。普段なら皮肉や冗談でいうような言葉だし、このときもそう聞こえるように努めていたが、その声音にはいくらか真実性が含まれている。
「納得いかない!」
エリザベートが怒りの声を上げる。自分だってそうしたい気分だ。コンスタンスは完全に消沈してしまって、その場で寝転がってしまいそうなほど暗い表情になっている。とにかく今はもう、立ち去らなければいけないだろう。マリアはそう判断して、もう一度エリザベートを説得しようと口を開き――城門のからこちらへ歩いて来るもう一つの影に気が付いた。
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