第150話 なにかが道に落ちている 後-2

 鳥が街の後方から、中心へ飛んでいく。これがなにを示唆しているか、思い至らないほどマリアは鈍感ではない。


「どうかした?」


 エリザベートが問う。マリアは口を開きかけ――やめる。マリアは自分がこういうとき最悪の状況について考えがちなのを自覚している。これから行く目的地が安全とは言えないかもしれない。しかし、だからといって戦場をうろうろするのは論外だし、他に安全である可能性がある場所は、思いつかない。騎士に襲われることがなければ、屋敷へ行くこともできたが、今となっては悪手に違いない。エリザベートと自分の推測が正しければ、彼らはまさしくその屋敷へ行く予定だったはずだからだ。


 マリアは難しい顔で唸り声をあげた。この国で秘密作戦のようなものが行われているのは間違いないし、それがクーデターと紐づけられているのもほぼ確信できる。体勢側とクーデター側のどちらが主導しているのかも気になる。


 そこまで考えて、マリアはどちらもこっちにとっては同じことか、と気が付いた。エリザベートの言うことが真実であろうとなかろうと、クーデターが聖ロマーニアスの高官を通して行われているであろうことは、シャルル王子との会話からしてもわかっていた。城にも敵がいるのはずっと前からわかっていたことだ。


 どこにでも敵がいるのなら、確実に味方と言えるシャルル王子がいる城を目指すのは、ベターな判断と言えるだろう。


 マリアはエリザベートの眼を見て、首を振り、「なんでもありません」と言った。エリザベートはマリアの様子をやや不審がっているようだったが、マリアの無言を尊重して、城を目指すことに同意した。あるいは、エリザベートも鳥がきっかけでなくとも、同じ考えに至っているのかもしれないが。彼女は自分の知らない経験をしている。


 城へ着くおよそ二時間半の間に、様々なものを見た。敗走する敵兵に襲われかけたこともあった。印象的なのは、こちらを悔しそうにみながらも、ただ歩き去る敵がいたことだ。彼らは理性的な、意思のある人間だった。形のない災禍なのではなく。


 エリザベートたちは城へ、数ある細かい路地を横断して、出来るだけ直線距離に近い道筋を歩いた。


 見覚えのある通りはひどく荒らされ、収奪と乱暴の跡が生々しく残っていた。道路の上に死体が横たわり、血が下水へ流れて行った。


 建物の間からは停止した攻城兵器の姿が見えた。戦いの終わった通りは死んだように静かで、遠くのほうでまだ行われている戦闘の音が、こだまのような虚ろさで聞こえてきている。大きな避難所などに移動できず家の中で身を震わせていた市民たちが、そろそろと窓の近くまで歩き、エリザベートらの姿を見送った。


 こちらを攻撃しない敵に会ったのも、その時だった。なぜ敵とわかったかと言えば、彼らは着用している鎧に黄色のバツを入れているからだ。戦場で同士討ちを防ぐためか、決起の証かはわからないが、マントを羽織り、背中を曲げて隠しながらも、同時にこちらへちらちらと見せているかのように、目に入って来る。


 マリアはそうした敵に対しては、最早露骨に警戒さえする必要がないと考えているようだった。それもそうだ。彼らが自分の持ち場でなにを見たかは知らないが、別の戦地に移らなかったところを見ると、相当手痛い目にあったのだろう。心が完全に挫けてしまっているのである。


 エリザベートはすれ違いざまに彼らの顔を覗き見た。間違いなくこの国の人間に見えて、複雑な気分になった。


 マリアに話しかける。


「今さらだけど、彼らは何者なんでしょうね。規模は? どんな集まりだったのかしら」


「この国に不満を持っている人たちです。規模は……うーん、そうですね、数百から千程度でしょうか。プラス、国政に不満を持っている貴族たちが雇った傭兵や、私設騎士団のメンバーが、その三割程度。最大千三百人ぐらいだと思います」


「あと予言の民たちが、何十人か。そんなところ? 正直言って、わからないのだけど……彼らに勝算はあったのかしら。例えばあなたが指揮したら? 勝てると思う?」


 えっへ、とマリアはおかしな冗談を聞いたかのような笑い声をあげた。


「私が指揮を? それはどうでしょうかね。クーデターというものは普通、迅速に行われるものです。向こうが兵力を用意する前に叩く。そういう観点では、最大千三百の兵力は……その半分ぐらいだとしても、決して少なくありません。眠りばなに突然、城を攻められれば陥落してもおかしくはない。けれど私から見るに、このクーデターは、奇襲作戦としては片手落ちですね。在籍している生徒を考えても学院を攻めるのは間違いではないですが、戦力をあちこちに分散させている。これじゃ城を囲って兵糧攻めでもしようとしているみたいです。八方から円形状に攻めるのでは奇襲とは言えません。ただの侵攻ですよ」


「なるほど。向こうに戦略家はいなさそうね」


「奇襲作戦が主な作戦なら、そうです。でもお嬢さま、あの攻城兵器を見ましたか? あれは古代の代物ですよ。あれがあるなら、話は別です。向こうは奇襲が不完全になってもあの攻城兵器があればなんとかなると思ったんでしょうね」


 攻城兵器。たまたま崩壊したものを見たが、大きさは六階建ての建物と同じぐらいで、自走する金属の塊といった風情だった。街路を無理やり通ってきたのか、大きな穴の開いた道があちこちにあり、そこを通って何度か近道をしていた。


 どうやったらあんなもの倒せるか、エリザベートには見当もつかなかった。古代遺跡でマンティスを見たときや、オクタコロンを見たときに感じたのとほとんど同じ感情だったと言っていい。


「古代にはあんなものがうろうろしていたのかしら」


「だとしたら、悲惨な時代だったでしょうね」


「どうして?」


「あんなもの、四六始終人を殺すことを考えていなければ思いつきませんよ」


 エリザベートはそこで、メアリー・レストのことを思い出した。確か彼女はオクタコロンがはじめに自分を”嵐の魔術師メウネケス”たと名乗ったときに、彼を知っていると言っていたのだ。数千年前のメアリーがどれぐらいの魔術師だったのかはわからないが、彼女の魔術の規模を考えれば、その時代の兵器を現代で使えばどれほどの威力になるかがわかる。


「どうやって破壊したのやら」


 マリアが言葉を零した。勝てると思ったから正面からでも戦う気になった、でも返り討ちにあった。そこまでは容易に考え付いたものの、その方法まではマリアでもわからないらしい。残骸を興味深そうに見ていた様子からするに、彼女はどちらかと言えば、四六始終人を殺すことを考えている側の人間なのかもしれない。


「私の騎士よ」


 エリザベートは小声でそうつぶやいた。つぶやきを拾ったマリアが不思議そうに振り返る。その首には安っぽいチェーンがかかっている。私のために動いてくれる優しい騎士だ。


 戦闘の音が段々大きくなり、城が近づいて来る。辺りも物々しさが増してきた。人気の少ない通路に、騎士の一団がこちらを待ち構えている。


「敵?」


 エリザベートが尋ねる。マリアが二人を後ろに下がらせる。


「わかりません。ギルダー・グライドの騎士団ではないようですが、あの鎧の重そうな見た目は、王城の護心騎士でしょうか」

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