第149話 なにかが道に落ちている 後-1
がらんどうになったホールを二人は険しい顔で眺めていた。二人、というのはエリザベートとマリアのことで、コンスタンスはどちらかと言えば、よくわかっていない顔、というのが正しい。
数十分かけて街中を移動し、ここまで来た。学院の近くまで来たところで既に違和感を覚えてはいたものの、実際にホールに来るまではまさか学院の全員がどこかへ移動した後だとは思っていなかった。
「作為的ですね」
「どういうこと?」
「ホールの周りはほとんど鎮圧された後でしたからね。わざわざ安全なところを移動させる意味なんてありませんよ。でも移動したということは、なにか意図があってのことです。誘導したのはギルダー・グライドの騎士団でしょうが、なにが目的なのやら」
「私たちがここに逃げ込むことを予想して――とか?」
マリアは首をひねった。違うようだ。
「どうでしょうね。それならもっと人員を用意して襲ったほうがいいと思いますが。卑下するつもりはありませんが、私たちはそれほど重要な役目を担っているわけではない」
「それは……そうかもね……」
メアリー・レストやオクタコロンのこと、エリザベートとこのクーデターのかかわりについて、反論したくなったが、思い直した。
”この”クーデターとは確かに関わりがない。エリザベートの因縁はあくまでオクタコロンのみのはずだからだ。
エリザベートはホールを歩いて、脱げた靴を拾い上げた。ところどころに踏まれた跡はあるが、いい靴だ。左右に花の装飾がついた靴。これを履いて踊ればとても映えるだろう。持ち主は脱げたことに気づいたかもしれないが、人ごみに攫われて、取り戻すすべがなかったのかもしれない。
エリザベートは靴を元の場所に戻した。
そして、それにしても、と思う。メアリーは”行けばわかる”と言っていたが。実際には謎が増えるばかりだ。
「城に行ったようですね」
そこへ表に出ていたマリアが戻って来てそう言った。
「どうしてわかるの?」
「足跡の方向から。それに、あの大人数を安全に収容できるのは城ぐらいでしょうし」
「それじゃあ、今度は城ね。……振り回してくれる。まったく」
エリザベートは馬車から持ち出した荷物を持ちあげ、出発の準備を整えると、きょろきょろと周りを見た。
「あんなところでなにをやってるの、あの子は」
少し目を離したすきに移動していたのか、コンスタンスはホールのバルコニーへ続く窓にぴったりと張り付いて、外を見ていた。エリザベートに言われたマリアが呼びに行く。コンスタンスの見ていたものを見ると、さっと顔色を変え、コンスタンスを窓の傍から引きはがす。
「どうかしたの?」
ただならぬ様子に、エリザベートも不安になる。
「騎士です。私たちを襲ったのとはまた別口の。あれは……恐らく国営でしょうが記章に見覚えがなかったですね……。カケス寮に入っていきました。こっちは十中八九、あの地下水道に行ったんでしょう」
あっちにはあっちで意味があったか……と零すマリア。
エリザベートも二人と同様に外を覗いてみると、確かに中庭に小さな人影が数十人並んでいる。マリアに見覚えがないのだから、エリザベートにはもっと見覚えがない。軽装の歩兵ばかりで構成された騎士の集団だった。
もうきな臭さは渋滞気味だ。このクーデターには隠された秘密がある。それも多分、状況全部がひっくり返ってしまうような。
「どうするの?」
エリザベートはマリアに次の行動を任せる。マリアは即決して答える。
「すぐここを離れましょう。幸い、目的地はある。城でやはりシャルル王子に助けを求めましょう。直接助力いただけなくとも、知恵は貸してもらえる」
三人が外に出ると、丁度、上空を発光する鳥のようなものが飛んで行った。
エリザベートとコンスタンスにはわからなかったが、それは戦場で使われる一種の合図のようなものだった。あの鳥は、現場の状況を詰め込んで飛んで行く。撃ち落とされたり防がれたりしたときのために、色で概ねなにが起こったかわかるようになっている。
鳥の色は黄色だった。あれは「目標を排除した」という意味のサインだ。そのうえで次の命令を求めている。マリアは不安になった。というのも、鳥が飛んできたのは街の後方で、そっちにはもう反乱側の兵隊はほとんどいないはずだったからだ。
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