第142話 真実の行方 後
「アドニス・ケインズ?」シャルル王子が不可解さを顔に滲ませる。「王の指であるアドニスが黒幕?」そしてふっと笑いを浮かべる。「いったい誰からそんなことを?」
「魔術師からです」
エリザベートが言い切る。知っている情報をばっと並べ立ててもよかったが、きっとそれではわかってもらえないだろう。自分でも信じがたい経験なのだから。
ここでエリザベートはふと、アイリーンのほうへ顔を向けた。アイリーンはシャルル王子とは違って、もっとまじめな顔でエリザベートを見ていた。そういえばメアリーと彼女はどれぐらいの仲だったのだろうか。魔術師だったことは恐らく、知らないのだと思うが。
魔術師という単語を聞いたシャルル王子は困ったように眉を曲げ、お付きの騎士であるエドモンドのほうへ顔を上げた。
「信じられないのもわかります。けれどこれは事実です。マリア、あなたは共にあの遺跡に入ったはず。あそこで強力な魔術を見たでしょう」
「ああ、ゴーレムですか? 確かに見ました。他にもいろいろ」
「それは信じる。だが、アドニス・ケインズだけは黒幕ではありえないんだ。君の言った通り、動機がわからない。彼は野心とは無縁の男だ。父上の理想に賛同している。その彼がこんなことを起こすメリットがどこにある?」
「それは、わかりません。わかりませんが……」
「エリザベート、君のことは信じたいが……」
シャルル王子の続く「それはできない」という言葉は、地上からの大きな音によって遮られる。なにかが爆発する音。学院にももう敵の手が迫っているのだ。
「いや、よし、わかった。とにかく上に戻ろう。話はそれからだ。アイリーン、君もいいかい?」
「ええ」
シャルル王子がエリザベートに迫り、肩に手を置いて、過ぎ去っていった。エリザベートはどきりともしなかった。信じてもらえなかったことに対する失望もない。やっぱり難しかったか、と先ほどの楽観的な考えを投げ捨てた。
メアリー・レストと交わしたいくつかのやり取りの中で、クーデターの20分後に着いた後に何をすべきかを知らされていた。そのうち一つが、シャルル王子に黒幕の名前を伝えること。「伝えるだけでいい」とメアリーは言っていた。それで充分であると。言っている意味が解らない。不安だ。でもこれ以上食い下がっても余計に信じてもらえないだけだろう。エリザベートは別のことに目を向けた。
もう一つ、メアリーの個人的な要望として、アイリーンを生存させることを頼まれていた。これはエリザベートも了承したが、シャルル王子らといればそうそう死ぬことはないはずだ。そう仕向けられれば、概ね達成したと言ってもいいだろう。最後に……そうだった。エリザベートは手の中の手紙に眼を落した。自分の脇を通ろうとするアイリーンの前に立ちはだかり、手紙を差し出す。
「……これは?」
「手紙よ。あなた宛ての」
アイリーンが目をぱちくりとさせる。エリザベートはなにかまた誤解されるようなことをしたかと思い、言葉を付け加えた。
「私からじゃない」
「そうなの? そっか。ありがとう……」
アイリーンは分厚い手紙を受け取り、懐にしまった。そして、エリザベートの眼をまっすぐ見た。
「ねえ、エリザベートさん」
「なによ」
「大丈夫? いま」
「え、なに? なにがよ」
「ううん……見てたらね、そう思ったの。失礼にあたったらごめんなさい。少しなにか……自暴自棄に見えた気がして」
はあ? なによ、とエリザベートは思う。けれどそこにいつもの苛烈さはない。言われていることを考えれば、もう少しわかりやすい反応を見せてしまうのが常だが、今はとても冷静でいられた。
「私がシャルル王子にアプローチをかけなかったから? そう思ったわけ?」
「ううん? ただ……なんとなく」
返答に困ったエリザベートに、アイリーンはふわりと簡単にこちらに受け入れさせるような笑みを浮かべ、「ごめんね、変なこと言ったね」と言って通り過ぎて行ってしまった。
「私が? 自暴自棄になってる?」
一体どういう意味だ。自分はむしろ、オクタコロンと向き合うことで心の重荷を捨てられたはずなのに。マリアを見ると、曖昧な表情で肩をすくめられた。聞かないでください、と言わんばかりに。
エリザベートは頭を振って考えを追い出すと、三人を追って外へ出た。外ではすでに戦闘が始まっていた。しかし様相は少しばかり異なる。まだ苛烈さがないのだ。エリザベートが遡行する寸前に見たときは、かなり状況が進んでいるように見えたが、こちらではまだ騎士たちがちゃんと敵に対処できている。
(オクタコロンがいなくなったのに”予言の民”たちがいる……彼女がいなくなっても参加していたということ? ……そうか、オクタコロンがいなくなってもクーデターはメアリーが初めに見たときよりも一年早く起こるんだった。それなら、予言の民がクーデターに参加してもおかしくはない……のかな)
けれど、ここの状況がよくなっただけで、王国自体に危機が訪れていることに変わりない。遠くのほうに火の手があがり、煙の間に巨大な物体の影が見えた。新手の攻城兵器かなにかだろう。
「想像以上だ……不味いな、これは。父上はまだ動いていないのか?」
五人は敵兵の攻撃を避けつつ、騎士たちが固まっている場所へ飛び込んでいった。シャルル王子が騎士の一人と話し、避難場所の指示を受ける。
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